■ 1. 資料の概要と問題意識
- 対象資料:
- JILPT資料シリーズNo.308「欧米諸国における賃金制度とその運用──文献等調査結果」(2026年9月30日公表)
- 厚生労働省賃金政策推進室の要請に基づく約200ページの文献調査
- 対象国はドイツ、フランス、スウェーデン、イギリス、アメリカの5か国
- 本稿の立場:
- 人事・組織変革コンサルタントの立場で全章を読み、日本と比較する
- 第6章の示唆は資料の記述ではなく私自身の解釈
- 調査の背景:
- 政府が構造的な賃上げを目指し、職務給の導入を後押しする流れの中で実施
- 対象のズレ:
- 「ジョブ型」で参照される欧米はブルーカラーの世界であることが多い
- 日本の議論はホワイトカラーも対象とする
- 同一職種で比べた特徴は曖昧なまま議論が進んでいる可能性がある
- 「自社型」の前提への疑問:
- 日本企業の人事改革では完全な欧米型ではない「自社型」という言葉も散見される
- しかし「欧米型」の中身を正確な事実に基づいて認識しているとは限らない
- 事実把握への徹底:
- 諸外国の賃金決定を正確に理解しないまま「あるべき論」を進めるのは危険
- 特定の制度の是非を問わず、賃金の決まり方・上がり方という事実の把握に徹する
- 調査国の選定と今後:
- 資本主義の類型に基づき、調整型市場経済からドイツ・フランス・スウェーデンを選定
- 自由な市場経済からはアメリカ・イギリスを選定
- 令和7年度は文献レビュー、令和8年度は現地調査を進め、別報告書で公表予定
■ 2. 賃金決定の3つのパターン
- 2つのルール:
- 賃金を労働市場のルール(市場賃率)と企業組織のルール(人事・賃金制度)で捉える
- どのパターンでも企業が制度を設計するが、労働市場との関係が異なる
- 3つの類型:
- 市場の影響力が大きく、世間相場に基づいて決める(アメリカ)
- 労使団体等が統制する労働市場に基づいて決める(ドイツ、スウェーデンなど)
- 市場の影響力が小さく、企業が自ら設定したルールで決める(日本)
- 日本の特徴:
- 企業横断的な制約がない中で雇用のルールを設定できる点が鮮明
- 1990年代後半の成果主義化以降、職務や職責を重視する企業は増加
- ただし自社の賃金と市場相場をリンクさせている企業はごく少数
- アメリカの事例:
- ある企業が約1,800の職務について市場調査を行い、その結果が賃金額に大きく影響
- 「欧米は職務に基づく賃金」といっても、その実現方法は国によって大きく異なる
■ 3. ドイツ: 「安定支給」とグローバル標準の混在
- 3層の賃金決定:
- 法定最低賃金(2015年導入)、産業協約、協約外職員(マネジャー層)の3層で決まる
- 産業協約の適用比率は2025年春に49%となり、初めて半分を下回った
- 産業協約の報酬グループ:
- 化学産業では公的な職業資格、スキル、任務の自律性などを総合して決定
- 金属・電機産業(バーデン・ヴュルテンベルク州)では点数法で17の報酬グループに区分
- 金属・電機産業の配点上限:
- 職業知識・能力37点、思考力20点
- 裁量・マネジメント責任17点、コミュニケーション13点
- 部下へのマネジメント責任7点
- 個人業績給:
- 同協約で明確に定義され、平均して基本給の15%が目安
- 基本給中心の安定した報酬が確保されている
- 協約外職員の俸給ランク:
- 職務・役職の評価に基づく共通の俸給ランクがある
- 評価にはヘイ(現コーン・フェリー)、BASFのSTRATA、キーンバウムのKRIEM、自社基準などを使用
- 相場はキーンバウムのサラリーサーベイや監査役会への役員相互派遣を通じて企業間で共有
- 歴史的経緯:
- 第1次世界大戦以降「報酬の安定支給」が長く重視され、年功的運用が根づいた
- 1970年代に仕事基準の役職評価が普及
- 1990年代後半から有名企業の多くが横並びでグローバル標準の格付けと成果主義型ボーナスを導入
- 世界金融危機以降の揺り戻し:
- 個人業績をボーナスに反映しない「No Rating型」がダイムラー(現メルセデス・ベンツ)から拡大
- ジーメンスでは俸給バンド自体を廃止
- BASFは2023年以降、バンドの下限のみを定める
- アップ・オア・アウト:
- 昇進・昇格を受け入れない社員には強い圧力がかかる原則がある
- 1970年代のジーメンスでは、昇進しなかったエンジニアの40歳以降の報酬はほぼ上昇しなかった
- マネジャーは2年を超えて業績未達なら降格が正当化される
- 既得権保証の法理により報酬の切り下げはまずないが、改善しなければ解雇もありうる
- グローバル標準導入の対応差:
- 旧ヘキストは労使協議を経ず一方的に導入し、不満が噴出
- BASFは労使協議を通じて受け入れ可能な形に共同形成
- 全社利益連動ボーナスの問題:
- メルセデス・ベンツやBASFではボーナス予算が全社利益指標のみに連動していた
- 業績悪化により、個人の責任と無関係に全員のボーナスが大きく低下
- 化学産業の協約外職員のボーナスは2024年に前年比24%減、従業員1万人以上の大企業では55%減
- BASFは事業部内の複数の収益把握単位の合算で予算を決める方式に変更
- 持続可能性への懐疑:
- 資料の筆者は報酬水準維持の持続可能性に極めて懐疑的
- 経済のマイナス成長が続き、労働分配率が過去最高水準(73.1%)に近づいているため
■ 4. フランス: 3層の干渉と「協議」による改革
- 3層の相互干渉:
- 賃金は国、業界、企業の3層が相互に干渉して決まる
- 最低賃金(SMIC)は民間部門の中位賃金の60%強に達する
- 労働者の10〜15%がSMIC水準に張り付いている
- 協約の拡張適用:
- 組合組織率は約10%と低いが、労使協約の適用率は98%
- 業界別協約が労働省令でほぼ自動的に拡張適用されるため
- 業界協約が企業に及ぼす影響は業界により4類型に分かれる
- 金属・鉄鋼業界の新協約:
- 2024年1月に約42,000社・160万人を対象に発効
- 76の地域別協約、20の分野別協定、技術者・管理職向け協約を統合
- 生産労働者からエンジニア・カードルまでを統一基準で評価
- 評価の仕組み:
- 複雑性、知識、自律性、貢献度、管理・協業、コミュニケーションの6基準を使用
- 各基準を10段階で評価して合計(6〜60点)
- 点数に応じて18の職階に位置づけ、職階ごとに最低年間基本給を設定(21,700〜68,000ユーロ)
- 運用手続き:
- 雇用主は職務記述書を作成して社会経済委員会に諮問し、従業員の同意を得る
- 評価は認定された専門家が行い、従業員は通知から1か月以内に説明を求められる
- 評価者向けの教育と認定制度も整備
- 「いかなる従業員の賃金総額も低下させない」という安全条項を持ち、5年後に見直す
- 労働組合の反応:
- CFDT、FO、CFE-CGCは署名、CGTは署名を拒否
- 拒否理由は職務評価のみの賃金決定で学位や経験年数に表れる個人の能力が無視されること
- 人事部主導の職務記述書に恣意性が混入する恐れも理由とした
- ルノーの事例:
- 業界協約を土台に、勤続加給、「キャリア加給」、「スキルブロック」などの独自制度を組み合わせる
- キャリア加給はチーム目標への貢献を評価し、スキルブロックはスキル習得を認証する
- カードル層には2013年以降、主に研究開発拠点でヘイ方式のジョブ・グレーディングを導入
- 市場賃金パネル調査の不透明性や評価委員会の能力への疑問など、カードルから不満が発生
- 2007年に評価システム変更前の従業員代表との協議を義務づける判例があるが、ルノーは協議を行っていなかった
- カードルの再定義:
- 2020年にすべての労組と使用者団体が合意した全国職業間協定を締結
- カードルの定義を学位ではなく、自律性、責任、イニシアチブなど実際の職務内容に基づく基準に再定義
■ 5. スウェーデン: 労働組合による協約と企業内運用の連結
- 高い組織率と企業裁量:
- 組合組織率は約70%、協約カバー率は約90%
- 産業別協約は職種別賃率ではなく、最低賃金、賃金決定の一般ルール、賃上げ率の下限などを定める
- 協約規定が例外なく適用されるのは8%(民間部門で13%)にとどまり、多くの企業の労使に裁量がある
- 数値なし協約:
- 賃上げ率を明記しない協約が全体の23%を占める
- 大卒専門職系の組合ほど導入が進み、同じ業種でも職種によって協約の形が異なる
- 同一労働同一賃金の失敗:
- かつて組合は産業横断的な職務評価に基づく同一労働同一賃金を目指した
- 職務評価で賃金が下がりうる労働者の協力が得られず失敗
- 職務別賃金統計(BNT)の廃止:
- ホワイトカラーの労使が作成していた
- 経営側が賃金決定を縛る「関税制度」のようになると反対し、1988年を最後に廃止
- 現在の賃金決定:
- 各社が選んだ職務評価に基づく等級と、能力査定で決まる
- ブルーカラーでも評価に基づく賃金が拡大
- かつての出来高給をめぐる職場交渉が、能力査定における交渉に変化したといえる
- 組合による評価への関与:
- ボルボの工場では能力給部分でほぼ全員が満額の昇給を得ている
- 組合はこれを賃金を集団的に引き上げるツールとして活用
- 自動車修理会社では評価シートに組合の署名欄があり、評価面談に組合代表が同席することもある
- ベアリング大手の事例:
- ホワイトカラーの昇給率を「その年のパフォーマンス」と「市場相場に対する現在の賃金水準」の2軸で決める
- 組合は平均賃上げ率の水準と配分を一体で交渉し、評価の公平性監視以上の機能を果たす
- 産業横断的調整の目的:
- 労働者保護に加え、行き過ぎた賃上げ圧力を抑え経済競争力を保つ目的も持つ
■ 6. イギリス: 職務と人の組み合わせと透明化の法制度
- 労働市場の特徴:
- 職業別労働市場(OLM)から内部労働市場(ILM)へ移行してきた
- 組合組織率は22%、賃金交渉は企業・事業所レベル中心で、欧州より日米に近い
- 賃金透明化の法制度:
- 賃金情報の他者との共有を契約で禁じる慣行を2010年平等法が否定
- 2017年に男女間賃金格差の報告・公表を義務化し、フルタイムの格差は6.9%まで縮小
- 2026年1月成立の雇用権利法は平等行動計画の義務化や組合の平等代表の法的位置づけを規定
- EU賃金透明化指令の影響:
- EUでは2023年に成立し、加盟国に2026年6月までの国内法整備を要求
- 離脱したイギリスに義務はないが、結びつきの強さから近い制度を導入することがある
- 給与体系と成果連動型給与:
- CIPD調査では給与体系の導入率は60%(従業員1万人以上で92%)
- 成果連動型給与の導入率は2012年の65%から2019年の44%に低下
- 成果は外部環境にも左右され、不公平感の原因になるため
- 給与額決定で重視される要素:
- 支払い能力35%、職務評価付きの市場賃金34%
- 職務評価なしの市場賃金26%、団体交渉21%
- 2010年平等法以降、単純なマーケット・プライシングから職務評価付きの市場賃金へ移行
- 昇給で考慮される要素:
- 個人の成果75%、コンピテンシー62%、スキル56%
- ポテンシャル・定着55%、市場賃金55%
- 勤続期間29%、労働組合との交渉21%
- イギリス企業も職務だけでなく人を見ている
- 採用時の提示:
- 職務記述書と、人の要件を定めた「パーソン・スペシフィケーション」をセットで提示する企業が多い
- 職務評価の方法:
- 内製6%、外部サービス利用68%、外部コンサルを使った自社カスタマイズ27%
- 職務評価へのAI活用:
- 近年急拡大し、職務記述書の読み込み・序列化やバイアス表現の検知に活用
- 市場賃金との比較による給与設定の提案も行われる
- 一貫した基準を保てる点で職務評価と親和性が高い
- 学習データの偏りによる差別の拡大再生産や評価プロセスのブラックボックス化が課題
- 評価と給与見直しの分離:
- パフォーマンス・レビューとペイ・レビューを別々に実施
- 評価が給与に直結しないため評価が中心に集まりやすく、人事や全社で評価を変更しない
- 外部公平性と内部公平性の両立のために評価と賃金決定を分けている
- 低評価者の降給は基本的に行わず、退職・解雇で対応
- 個人交渉と属性差:
- 賃金情報が不透明なため、個人が賃上げを交渉する必要がある
- 賃上げを求めて実現した人は男性31%、女性21%
- 個人と企業の交渉力の差を埋めるうえで団体交渉が有効
■ 7. アメリカ: 市場価格がルール
- 市場志向:
- 外部労働市場の世間相場を重視し、職務評価の点数より市場価格で職務の価値を捉える傾向が鮮明
- WorldatWork調査では市場調査法の利用率が一貫して高い
- かつて代表的だった得点要素法の利用率は大きく低下
- 給与レンジ:
- 基本給の中心は各等級の給与レンジ(下限・中間値・上限)
- 中間値は職務の市場水準を示し、77%の企業が市場相場の50パーセンタイル(中央値)をターゲットとする
- 昇給マトリクス:
- 市場水準に対する現在の給与の位置と人事考課の評定を組み合わせて昇給率の目安を決める
- 最終的な昇給率には部門マネジャーの裁量が認められる
- 最低評価でも昇給率はゼロにとどまり、名目上の降給は行わない
- エクイティ:
- 市場変動に対する例外的な基本給調整
- 運用は原則非公開で、不満や離職リスクが顕在化したケース(「ゴネ得」)への対応という側面もある
- 変動給:
- 短期インセンティブ(年次賞与など)と株式を使った長期インセンティブに大別
- 管理専門職の上位層では長期インセンティブが報酬全体の3割程度を占める場合もある
- 「翻訳装置」としての枠組み:
- 職務の代わりに役割、職群、職務レベルが市場と組織をつなぐ「翻訳装置」になっている
- 汎用的な職務タイトル(アソシエイト、シニアなど)86%、給与構造・レンジ・等級85%の企業が使用
- 職務レベルの設定84%、職能と職群72%の企業が使用
- 給与構造を複数に分けて持つ企業が多い
- スキルベースの限界:
- 関心は高まっているが、報酬決定にまで及ぶ実務は限定的
- 大企業の11,300の役割の分析では、学歴要件を廃止した役割は3.6%
- そのうち大卒でない人材の採用が増えた割合も3.5%にとどまる
- 給与透明化法の影響:
- 州レベルで求人での給与レンジ開示などを義務づける法が拡大
- 非公開前提のエクイティによる内部公平性の確保が難しくなる
- 市場変動への対応を明示的に説明することが問われる
- 市場志向を抑えるのではなく、組織内部で説明可能な形に再制度化する圧力となる
■ 8. 5か国の共通点
- 「欧米は職務給」と単純化することは難しい
- 職務以外の基準の利用:
- アメリカのホワイトカラーでは役割が基準
- イギリスではポテンシャルやスキルを考慮
- ドイツの管理職層では年功が重要な基準
- スウェーデンではブルーカラーにも能力に基づく賃金が進展
- グローバル人事コンサルの活用:
- かつては国ごとに独自基準を使っていた
- 近年はグローバル標準の基準を採用する動きが強まっている可能性がある
- 職種による違い:
- 同じ国でもブルーカラーとホワイトカラーで仕組みが異なる
- 管理職や大卒専門職でも異なる可能性が高い
- 集団的発言機構の関与:
- ドイツの従業員代表委員会、スウェーデンの組合による評価面談への同席、イギリスの団体交渉など
- 法政策の大きな影響:
- ドイツの最低賃金、フランスの協約の拡張適用、英米の透明化の動き
- 日本の相対化:
- これらの変化は日本の賃金制度との接近とも捉えられる
- 日本と欧米の2類型の理解から距離を置き、諸外国の実態に基づいて日本を相対化することが有益
■ 9. 日本との違い
- 労働市場との距離:
- 日本は企業が自ら設定したルールで賃金を決める度合いが強い
- 日本の「役割」は市場で通用する職種ではなく、経営戦略や事業計画に応じて作り替えられる仕事を指す傾向
- 企業横断のルール:
- ドイツやスウェーデンには産業別協約という企業を超えた制約がある
- 日本は企業が雇用のルールを自由に設計できる
- スウェーデンも企業ごとの裁量は大きいが、その運用に労働組合が関与する
- 評価と賃金決定の関係:
- イギリスでは両者を分け、評価は給与に直結しない
- 日本で評価が昇給に直結するのは、内部の評価のみで賃金が決まるため
- 昇給と降給:
- イギリスでは日本の定期昇給と異なり、基本給の昇給を評価で決めることが多い(メリット・ペイ)
- アメリカでは最低評価でも昇給率ゼロで、名目上の降給は行わない
- 日本では管理職層の洗替方式の基本給や組合員層の上位等級での降給が制度化されている
- 職務記述書の位置づけ:
- アメリカでは現任者から独立して存続し、職務が不要になれば現任者とともに廃止される
- 日本のジョブ型改革では雇用と処遇維持のため、現任者の職務分析を事業上の要請と切り離して行うことがある
- 賃金情報の明示:
- 日本は求人募集時にも賃金を含む労働条件の明示を義務づけている
- イギリスには求人募集時の労働条件明示に関する規制がない
- 平均勤続年数:
- 日本12.4年、フランス10.3年、ドイツ10.1年
- イギリス9.4年、スウェーデン8.0年、アメリカ3.9年
■ 10. 日本との共通点・接近
- 日本も1990年代後半の成果主義化以降、職務、職責、成果を重視する企業が増えた
- ドイツとの共通性:
- グローバル期のドイツ企業のHRMの変化の方向性と動因は日本企業と全く共通
- 違いはドイツではそれ以前に役職評価が広がり、アップ・オア・アウトが強化されていたこと
- リストラの規模が日本をはるかにしのいでいたことも違い
- イギリスとの共通性:
- イギリス企業も昇給判断で勤続期間(29%)を考慮
- 職務と人を結びつけて成果を引き出すには、職務だけ、人だけを見るのでは不十分なため
■ 11. 日本への示唆(私の解釈)
- ジョブ型は組み合わせの設計:
- 欧米の実態が多様である以上、特定国の制度をそのまま持ち込んでも機能しない
- ドイツでは賃金の安定支給とアップ・オア・アウトのような退出圧力が補完し合っている
- 制度の一部だけを移植すると補完関係が崩れる
- 「自社型」の設計では評価、昇給、配置、退出までの全体の整合性を確認すべき
- 評価と賃金決定の接続は設計の選択:
- イギリスは両者を分けて外部公平性と内部公平性の両立を図る
- 評価を昇給に直結させる設計は評価の分布が広がり、運用負荷と納得性の問題が強まる
- 評価の目的を育成と処遇のどちらに置くかを問うべき
- 一つの評価に両方を担わせているなら、その前提から見直す価値がある
- 外部相場との接続は解釈の問題:
- アメリカでも市場データの「解釈と選択」が重要な実務課題
- データの出所、参照する市場の範囲、自社をどの水準に置くかの意思決定が問われる
- 外部データに従うのではなく、自社の報酬ポリシーを言語化したうえで使い分けることが重要
- 透明性と説明責任:
- 英米の透明化の流れは「なぜその賃金なのか」を説明できる運用を求める
- 職務や役割に基づく制度を導入するほど、等級の決め方や昇給根拠の説明責任が重くなる
- 制度変更への従業員参加:
- BASFの共同形成と旧ヘキストの一方的導入の対比が示唆的
- ルノーのジョブ・グレーディングは協議なしの導入に不満が出た
- 説明会やヒアリングにとどまらず、設計・運用段階から現場の声を取り込む仕組みが定着を左右する
- 指標は行動を決め、制度は文化をつくる:
- 全社利益指標のみに連動したボーナスで、個人の責任と無関係に全員のボーナスが低下した
- その結果、管理職層の企業への信認が揺らいだ
- グッドハートの法則が示すとおり、指標は現場の行動を規定する
- 何を測り何に報いるかの設計が、組織の行動と従業員の信頼を決める
- AIと説明可能性:
- AIは職務評価と相性が良く、一貫した基準で高速に処理できる
- 透明化の流れの中では、AIが出した評価や給与案の根拠を人が説明できることが前提
- AI活用の本質は人と組織の変革にある
- 評価制度でAIを使うほど、運用を支える人と組織の設計が問われる
■ 12. 資料を読む際の留意点
- 文献調査であり、各国企業の実態を直接調べたものではなく、現地調査の結果を待つ必要がある
- 記述の粒度の差:
- 各国の章は統一構成ではなく、各国の研究蓄積に応じてまとめられている
- スウェーデンの実態は製造業の事例が中心
- 同じ国でも職種により仕組みが異なり、「ドイツは〜」といった一般化には注意が必要
- 事例の多くは特定の企業・時期のもので、示唆は私の解釈であり資料の結論ではない
■ 13. 自社を点検する10の問い
- 外部相場との接続:
- 自社の賃金は外部の相場とどう接続され、どのデータを「相場」としているか
- 報酬ポリシー(市場の中央値を狙うか、上位を狙うか)を言語化しているか
- 評価の目的:
- 評価は育成と処遇のどちらを目的としているか
- 両方を一つの評価で担わせていないか
- 説明と透明性:
- 等級や賃金の決め方を従業員に説明できているか
- 目標設定から昇給決定までの評価の運用は透明で納得感があるか
- 従業員の参加:
- 制度の設計や変更に現場や従業員の声を反映する仕組みがあるか
- 制度の整合性:
- 評価、昇給、配置、退出の各要素は互いに整合しているか
- 指標の影響:
- 成果指標が個人の責任と無関係に全員の報酬を左右していないか
- 指標が現場の行動を歪めていないか
- 制度の更新:
- 制度を「完成形」とせず、見直しの頻度と判断基準を決めているか
■ 14. 結論
- 「欧米はジョブ型」の一言では括れない多様な実態があり、それは日本の制度と無縁ではない
- 賃金・人事制度は設計して終わりではない
- 何を測り、何に報い、どう説明し、どう更新するかの一つひとつが組織の文化をつくる
- 制度を「輸入」するのではなく、自社の戦略と文化に合わせて「設計」する力が人事に求められる