■ 1. 北欧モデル研究の概要
- 北欧モデルの別名:
- スウェーデン・モデル、エンドデマンド(需要根絶)モデルとも呼ばれる
- 調査の対象と規模:
- 買春の何らかの処罰制度があるスウェーデン、ノルウェー、フィンランドで5〜8年にわたり現地調査を実施
- 200人以上に聞き取りを行い、その大半はセックスワーカー、特に移民セックスワーカー
- 北欧のセックス産業では移民が多数派を占める
- セックスワーカーに加え、警察、ソーシャルワーカー、活動家からも聞き取りを実施
- 政策提言書:
- 北欧モデルに関する主要な知見を政策提言書にまとめた
- 日本語への翻訳を期待している
■ 2. 北欧で買春処罰法が導入された理由
- 女性保護という建前:
- 日本と同様、スウェーデンでも法律は女性を守るものとして打ち出された
- 加害者とされる買い手を罰し、被害者とされる売り手は罰さないという枠組み
- 背景には、セックスワークを女性に対する暴力とみなすスウェーデンの長い伝統がある
- 実態との乖離:
- 現実には法律はセックスワーカーを守っていない
- 導入時、転職支援、医療、法的支援などセックスワーカー向けサービスへの追加予算はなかった
- 予算はすべて取り締まりに回された
- 福祉国家の懲罰化:
- この法律の成立、少なくともその運用に、支援型から懲罰型への福祉国家の変質が表れている
- 国家フェミニズム:
- 国家を保護者とみなし、フェミニストが政策による解決に頼る考え方が法律の土台にある
- 本来は当事者コミュニティの力の強化や資源の拡充の方が、特にセックスワークでは良い結果を生む
- 国際化と移民の増加:
- 法律成立時、スウェーデンのEU加盟と社会主義体制の崩壊により東側への国境が開いた
- 移民が増え、外国人セックスワーカーが市場に多く流入した
- ナショナリズム的動機:
- 女性保護に加え、外国人セックスワーカーや「マフィア」とされる存在からスウェーデンを守る意図があった
■ 3. 移民セックスワーカーのためにできること
- スウェーデンの支援の乏しさ:
- 市民社会やNGOによるセックスワーカー支援はほとんどなく、当事者は孤立している
- 移民の権利運動の関係者も、セックスワークとの関連を認識していない可能性がある
- フィンランド、ノルウェーの状況:
- 移民の権利とセックスワーカーの権利を明確に結びつける運動があるかは不明
- ただしスウェーデンよりは当事者の課題や運動への支持がある
- 両運動が連携すべき理由:
- 北欧ではセックスワーカーの70%以上が移民
- 売春自体は犯罪ではないのに、移民にとってはセックスワークが国外退去の理由になるという二重基準がある
- 社会福祉や労働市場へのアクセスが限られる移動中の人々ほどセックスワークに従事しやすい
- 今後の鍵:
- 問題意識を広め、移民支援団体と協働する
- 移民支援団体がセックスワーカーを自らの擁護対象の一部とみなすよう、つながりをつくる
- 具体例:
- 欧州レベルではPICUMが積極的に活動している
- セックスワーカー側から移民の権利団体に働きかけることも課題
- スティグマのため、移民団体の側もセックスワーカーを自分たちのコミュニティの一員と認識していないことがある
■ 4. 警察や関連団体との協働
- 協力的な警察官との個人的な関係づくり:
- フィンランドやノルウェーの団体は、セックスワーカーに理解のある警察官との人脈を築いている
- 逮捕だけでなく、セックスワーカーの安全や福祉に関心を持つ人物を探す
- コミュニティが犯罪の標的になった場合や、警察が取り締まりで違法行為をした場合の安全な窓口にする
- 簡単ではないが、コミュニティを守るうえで価値がある
- ノルウェーのPro Sentretの事例:
- 銃で脅してセックスワーカーから強盗を繰り返す集団がいた
- セックスワーカーは警察への通報を恐れ、犯罪集団の活動は続いていた
- 団体が仲介したことで、セックスワーカーは匿名で証言でき、不利益を受けない確信も得られた
- 協力者の探し方:
- 薬物使用者や移民など他の周縁化された集団を支援するNGOに、協働中の警察官を紹介してもらう
- 警察がコミュニティに非常に敵対的な場合は、協働する価値があるか疑問
- 人身取引対策部署との対話:
- 人々を救う立場の部署と会合を持ち、セックスワーカーのニーズと実態を伝える
- 警察は日常の実態をよく理解していないことがあり、会合は教育の第一歩になる
- 関連団体への啓発:
- 性感染症クリニックや移民支援者など、業務でセックスワーカーと接し得る団体にも同様の働きかけが有効
- スウェーデンではセックスワーカーがいくつかのLGBT団体とつながりを築いた
- 関連団体がセックスワーカーを自らのコミュニティやサービスの対象として捉えられるよう啓発する
- クィア運動とセックスワーカー:
- セックスワーカーは常にクィア、ゲイの運動の一員であり、権利獲得の最前線にいた
- 北欧でも運動の分裂やセックスワーカーの排除はあるが、その役割への認識は高まっている
■ 5. 当事者による発信とエビデンスに基づく提言
- フィンランドでの語りの変化:
- この5年ほどで、多くのセックスワーカーが顔を出して語り、本を書き、取材に応じてきた
- その結果、セックスワークを多様な現象として捉える方向に語られ方が変わった
- 多様な現象としてのセックスワーク:
- セックスワークは労働であり、うまくいく人もそうでない人もいる
- 他のあらゆる産業と同様に搾取も存在する
- 非犯罪化キャンペーン:
- セックスワーカーと支援者がセックスワーク非犯罪化のキャンペーンを始め、言説が変わりつつある
- 多様な経験を表に出す重要性:
- スウェーデンのメディアはセックスワークの別の側面を一切報じず、当事者の声は完全に封じられている
- 日常の経験や多様な現実を伝える活動は重要
- エビデンスが聞かれる前提:
- セックスワークを人身取引と同一視しなくなって初めて、人々はエビデンスに耳を傾ける
- セックスワーク=悪、搾取、人身取引と考える相手には、法律の害や効果の欠如を示しても事実の議論が難しい
- ドキュメンタリーや活動の意義:
- 人々が異なる語りに触れ、セックスワーカーも犬の散歩などをする普通の人だと知る唯一の手段
- セックスワーカーは様々な役割で人々の日常の一部だが、人々はそう捉えにくい
- 対抗的な語りの必要性:
- 性暴力や性全般は人々の関心を強く引くため、対抗的な語りが必要
- セックスワーカーの権利を支持するという人にさえ、当事者を対等に見ないスティグマが見られる
■ 6. 研究者がセックスワーカーと協働する際の留意点
- 研究者の資源の活用:
- 研究者はセックスワーカーの状況についてエビデンスに基づく研究を行う資源を比較的多く持つ
- 政治家が耳を傾ける形式で成果をまとめる
- 一般市民や支援団体にも分かりやすい形で発信する
- キャンペーンへの協力:
- 取材に応じ、法律とその有害な影響について研究者自身も発言する
- セックスワーカー本人と話すこと:
- 研究者はフェミニスト団体や警察とは話しても、セックスワーカーとは話さないことが多い
- 様々な状況のセックスワーカーに会い、全体像を描くべき
- 調査対象の多様性の例:
- オンラインで働く独立系セックスワーカー、街頭で働く人、多様な国籍の移民に聞き取りをした
- 在留資格や就労場所も多様にし、産業内の異なる階層と条件を捉えた
- 政治への積極的な関与:
- セックスワーカーの運動を支援し、研究対象の法律に反対の声を上げるべき
- セックスワークは非常に政治化された問題であり、研究には必然的に政治が入り込む
- 研究者は自らを政治の外にいる客観的な存在と考えるべきではない
- 当事者を真の専門家に:
- コミュニティと労働条件を最もよく知るのはセックスワーカーであり、常に彼らを中心に置く
■ 7. セックスワーカーとの連携と同盟づくり
- 関心を共有する団体との連携:
- 目立たなくても、メンバーにセックスワーカーを含む可能性が高い団体とつながる
- 北欧ではLGBTQ運動、薬物使用者の運動、移民の運動、一部の障害者団体がこの問題を自分事と捉えてきた
- 女性の権利を広く求めるフェミニスト団体、労働団体、労働組合とも対話の場をつくる
- これらの団体に自分たちの問題でもあると認識させ、同盟を築く
- コミュニティづくりの重要性:
- 人はコミュニティの一員だと感じる方が権利のために動きやすい
- 自分の状況が特殊でなく、他のメンバーと課題を共有していると気づける
- セックスワークへのスティグマは重く、コミュニティはより肯定的なアイデンティティの形成にもつながる
- スウェーデンでの事例:
- スティグマのため、他のセックスワーカーと一度も仕事の話をしたことがない人がいた
- コミュニティがないと、自分の権利や警察の実務について情報を得るのが非常に難しい
■ 8. 北欧モデルがセックスワーカーに与えた影響
- 他国との共通性:
- フランス、アイルランド、カナダで起きたことと非常に似ている
- 交渉の余地の縮小:
- 良い客が減った
- 特に安全面での交渉の余地が狭まった
- 客は出張型を求め、街頭では交渉を急ぎ、オンラインでは自分の情報を明かさない
- 客がワーカーの安全に配慮するのではなく、ワーカーが客を安心させる負担を負うようになった
- セックスワーカー自身への取り締まり強化:
- 取り締まりの対象は客ではなくセックスワーカー自身に向かっている
- 客の取り締まりを隠れ蓑に、他の法律が執行されている
- スウェーデン、ノルウェーでの具体例:
- 警察は客の捜索を行う際に売春斡旋禁止法を適用する
- 同法は非常に厳格なため、正規に部屋を借りていても立ち退きにつながる
- 移民法による国外退去も起きる
- セックスワーカーへの全般的な嫌がらせもある
- 影響の偏り:
- 取り締まりの影響は客よりセックスワーカーにはるかに重く有害
- 当局への不信が全般的に広がった
- 移民への狙い撃ち:
- 移民セックスワーカーが明示的な標的にされることが多い
- コミュニティ内のマイノリティへの取り締まりが強化された
- 取り締まりのため、収入を得て生計を立てることが難しくなった
- 保護的側面の欠如:
- スウェーデンではサービスは増えていない
- むしろ、ハームリダクション、性感染症検査、法的支援ではなく、セックスワークからの離脱を促す相談サービスが生まれた
- 総括:
- セックスワーカーのニーズと日常の実態を無視し、懲罰的な制度を推し進める法律
- セックスワーカーにとって、働く場、交渉の余地、サービスの余地を狭めている