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「嫌煙」の潮流が40以上の世代の承認欲の問題を悪化させた論

クリティカルな原因とまでは言わないけど、「嫌煙」の潮流が40以上の世代の承認欲の問題を悪化させたと思ってる。喫煙所は社交場だったんだよ。

@u_x_z

勤務期間中の喫煙所って、仕事サボって煙草吸いにくる「悪いやつ」しかいないわけじゃん。そこに薄い連帯感があったわけ。夜中にコンビニ前でタバコ吸ってたヤンキーと同じ方法でお互いを承認して満たされてたんだわ。

@u_x_z

真面目そうな雑魚キャラ感のあるオッサンでも、喫煙所で会えば、たとえ会話はなくても「ああこいつも吸うんだ、ふーん以外と強いの吸ってるな」みたいなちょっとした理解が発生するし、日によってはライターの貸し借りなんか起きる。その後に仕事上で関わったりする時には既に顔見知りなんだよね。

@u_x_z

タバコそのものなんて本当はどうでも良くて、薄い連帯感を得られる小さな社交場の機能が大切だった。喫煙所で重要事項が決まる、みたいな大げさな話じゃなくて、コミュニケーションがあまり得意じゃない承認される機会の少ない人にこそ必要だったんだんじゃないかと思う。

@u_x_z

そういう機能を無視して、タバコという物体にだけ焦点を当て、一網打尽に焼き尽くした結果が、中年以上の世代の孤独感をさらに増加させてるんだよ。嫌煙が焼き尽くした働くオッサンの大切な社交場に代替施設はないんだわ。

@u_x_z

これもポリコレの話になるのか知らんけど、「健康」とかいう万人にとって正しい概念の徹底化によって、本来社会に必要だった別の小さい概念が潰されてしまう。画一化に対応できない、他に人と関わる機会の少ないコミュニケーション弱者と一緒に。正しい大声は確実に人を殺す。

@u_x_z

人間は現実世界に生きているから、身体的なコミュニケーションが絶対に必要なんだ。言葉なんて1/3も伝わらない。喫煙所では、タバコの持ち方、銘柄、ライターで火をつけるときの仕草みたいなとこから各々のイメージが少しずつ形成されて、弱者のおっさんでも他者の中に存在できるようになるんだよ。

@u_x_z

嫌煙もフェミも、正しさはいつだって弱者の存在を無視して、弱者から最後の手段を取り上げるんだよ。小さな概念の中で、ずっとやってきた仕組みの中で生きてた人間から全てを剥奪するんだ。

@u_x_z

黒アメスピの渋いオッサンがいて、ジッポの付け方すげーカッコいいハゲがいて、ライター忘れたらメガネのチビのおっさんに借りて、おいおいお前それラブホのライターやん誰と行ったんや、とかなんとなく考えながら、黙ってタバコを吸う時間に、おっさんの人生の一部分が救われてたはずなんだよな。

@u_x_z

面白い話だけど、喫煙所は未だ多くの会社にあるし、煙草止めてないおっさんはたくさんいることを考えると、いまいち説得力がない感じである。