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ストロングゼロを常飲する人生に転落した経緯

40代男。地方国立大学卒。就職氷河期で就活に失敗し、第二新卒で地元の食品卸業者に就職。

30代半ば過ぎまで手取り20万以下(サービス残業込)で課長になる。


いわゆる第三セクターが運営するベーカリーレストランに立ち上げから関わることになる。

入札に参加して案件を取って、メニュー開発から始めて、パン類を一括納入することになった。

先方の役員は県庁OBで、いわゆる天下りの人間だった。

こいつはフードビジネスのことは何も知らないのに、気位だけは高く、マイクロマネジメントばかりして、扱いにくかったが、継続的な収入になるこの案件を落とすわけにはいかなかった。

メニュー開発会議の時にも、まったく見当違いのことを言い、無理な価格を提示してきて、困らされてばかりだった。

そんななか、フランスパンを焼く業務用オーブンの選定をしていた。

先方の担当者は、フランスパンのためにオーブンを買う費用を出し渋った。

自分は自分なりに熱弁をふるって説得しようとした。クロワッサン等を焼く普通のオーブンは、コンベクションオーブンといって、フランスパンのバケットを焼くには使えない。バケットを焼くには専用のオーブンがどうしても必要なのだ、これだと、バケットが一度に大量に焼けるので便利だ。

相手はきょとんとしていた。自分の説明がわかりにくかったのかと思った。

だが、おっさんは、「ふっ」と自分を鼻で笑い、あざけるような顔をした。

「バケットじゃなくて、バゲットじゃないかね」

相手が何を言っているのか、わからなかった。


おっさんは続けた。

「バケットだと、bucketでバケツになってしまう。バゲットはbaguetteという細い棒を指すフランス語だ。きみは食品業界でずっと働いているのに、そんなことも知らないのか」


その後のことはよく覚えていない。シャツの脇にへんな汗が湧いて、粘っこく不快だったことだけをおぼえている。

オーブンは結局納入できず、フランスパン抜きで開店することになった。

ベーカリーレストランはぱっとせず、2年ほどで撤退した。

自分は会社に居づらくなって退職した。


その後、正社員の職を探しても、条件が合わず、派遣を続けて今に至る。

収入は正社員時代の半分以下になった。

この先どれくらいこういう生活が続くのかわからない。

結局、結婚して家庭を持つことはかなわなかった。

仕事の後にマックスバリューに寄って、値下げになったお惣菜とストロングゼロのロング缶を買い、YouTubeを見ながら寝るまでの時間を過ごすことだけが人生の楽しみになっている。

80年代の歌謡曲を聴きながらストロングゼロを飲んでいると、だんだんすべてがどうでもよくなってきて、そのまま倒れるように、炬燵で寝入ることも多い。


夢うつつに、ときどき考えることもある。

あのとき、バケットとバゲットを間違えなければ、自分の人生は、もっと別のものになっていたのだろうかと。

変わっていたかもしれないし、変わっていなかったかもしれない。

すべて、ストロングゼロが脳の神経細胞を破壊しているときに見せる幻覚にすぎないのかもしれない。