日本IBMがかつて用いていたという、「退職勧奨マニュアル」の実物を入手した。本体は26頁、添付資料は13頁に及ぶ。中身を読んでみると、法に触れずに目的を達成するためのノウハウが、盛り込まれている。
退職勧奨は2つのポイントから進める、としている。1つは、その人の能力、会社の状況を考えると、現組織において職務の継続はできないという「厳しい現実」の指摘をすること。もう1つは、今後の転職相談には親身に接することで、「よき理解者」という関係を確立すること。まさに「アメとムチ」の考え方だ。そして、説得をするためには、相手の立場に立つことが重要ということで、リストラ対象者の一般的な心の動きまで図解化している。
強制的、強迫的言動を面談で行うことは、裁判で敗訴する可能性を招くとして厳禁。NG発言の具体例としては、「君の席はない」「辞めなければ遠隔地転勤させるぞ」「無駄飯を食わせる余裕はない」といったものが列挙されている。さらに、対象者以外の他人の話をすることも、「泥沼化を招く」として、こちらも厳禁とされている。
従順型:内面では、色々な葛藤があるので、十分話を聞き、受容する。その上で、こちらの考えを述べる。
プライド型:周囲の者達が見ている客観的事実に焦点を当て説明をする。
何でもやらせてもらいます型:その余裕もないことを説明する。気持ちは受け止めるが、残念ながら、その可能性がないことを指摘する。
理屈型:説得材料があれば繰り返し説明する。難しければ、「次回に」として立て直して再度試みる。
愚痴型:しばらく聞く姿勢。相手が繰り返しになったら、「こういうことですね」と対応。
沈黙型・馬耳東風型:「不明な点は質問して下さい」「是非考えてみてください」を繰り返す。「次回に意向を聞かせてください」と日時を具体的に約束するのも一方法。
泣き型:落ち着くまで待つ。いったん席を外す。会社の意向を明確に伝えて、「次回に意向を聞かせてください」と日時を具体的に約束する。
感情型・怒り型:ひたすら話しを聞いて受容する姿勢を示す。相手の言うことが支離滅裂な場合には、こういうことでしょうかと要約して尋ねて整理をしてやり、落ち着くのを待つ。
ただ、「理屈型」には明確な対応法が書いておらず、会社としても苦労するようだ。
「家のローンがまだ15年も残っているのです。一家心中をしろとおっしゃりたいのですか?」・・・・あなたの気持ちはよく分かります。皆色々な事情をかかえています。とどまっていることで解決となるとは言えないことを申し上げざるをえません。むしろ、今回の機会を生かしていただきたいのです
「草むしりでも何でもやるから居させて欲しい」・・・・残念ながらそうした職務はないのです。社内での活用の機会に関しては、マネジメントとしても、十分検討いたしました
「娘が近く結婚です。退職には合意いたしますから、××月までいさせてください」・・・・お気持ちはよく分かります。しかし今の状況は待ったなしなのです。皆、色々な事情を抱えておりますが、誠に残念ながら、例外を認めることができません
「マスコミへ出します。外部へ訴えます」・・・・会社は合法的に進めております。会社は何ら傷つくものではありません。マスコミに持ち込むことで、会社の決定は何ら変わるものではないことをご理解ください
「他にけしからん奴がいることを、ご存じないでしょう。上司がいるときといないときで、まるで態度が違うんですよ」・・・・そういう方には、これから会社としても、きちんと対応させていただきます
「要するに、辞めろということですね」・・・・会社としては、あなたの職務の先行きが無いことを申し上げなければなりません。是非、この機会に「合意」をいただきたいのです
「先日のお話を聞いてから、夜も眠れず、食欲もなく、メンタル障害となっています」・・・・先ずは、健康の回復が第一ですね。回復を確実なものにするために、お医者様の診断書を取り、会社としては、どのようなことができるか教えてください
実際に行うのは直属の上司。念には念を入れて、こうした人へのフォローも忘れない。
「従業員の会社への忠誠心は長期安定雇用で支えられている。仮に現時点では貢献が低くても、過去はそれなりに貢献してくれたではないか」・・・・確かに雇用の安定は大切。しかし、必要なら断行すべきです。そうでないとグローバル競争に生き残れないし、ご本人のキャリアパス形成にもなれない。他社で活躍する場を提供すべきです
「いったん退職したら、この社会では再就職は難しい。失業者はごまんといる。何とかならないのか」・・・・そのとおりです。でも、再就職支援サービスを提供される方々はまだ幸運なのです。だから、この機会に決断してもらうのがご本人のためでもあるのです
「人事施策としてやむを得ないとしても、それは人事の仕事であって、われわれの仕事ではない。人事部担当者が責任をもって面談すべきだ」・・・・ご本人の仕事ぶりを熟知している上司でなければできません。人事は側面からサポートします
「本人が了解しないかぎり、退職させることはできない以上、目標達成は難しい」・・・・会社の意図を明確に伝えて、相手の気持ちを理解して、再就職支援などを説明すれば100%達成はできます
では労働者が、最後まで完全に拒絶し続けた場合はどうなるのだろうか。
「退職しない意思が固いことが確認された場合は、それ以上のアプローチは不要」という冷徹な一文があった。
「今や、会社は、『みせしめ』の解雇をしてくる。たとえ負け筋であったとしても、会社が解雇までして裁判で徹底的に争う、という強硬な姿勢を示せば、勧奨の段階でスムーズに事が運びやすくなるという効果を生むからだ。日本IBMの会長が、自ら『リストラの毒味役』と言ったこともあり、次々と新しい手法を導入し、先頭を切ってチャレンジしてくる」