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株式会社ズーム 第3次中期経営計画 5.利益配分

5. 利益配分

社会の公器として、全ての利害共有者に適正な利益配分をする会社になるためには、その背景を理解する必要があります。また、様々な価値観が時代と共に移り変わって行くのは必然だとしても、企業活動の前提条件となる法律や定説が変化してしまっては、会社の存続が揺らぐことになります。従って、今まで唱えられてきた定説が正しかったのかどうかを検証し、今後信ずべき定説とは何かを見極めることが必要です。

(1) 幻想だった定説

当社が設立されたのは1983年ですが、その頃から、またはその後になって一般的に信じられてきた以下の様な定説は、今となっては幻想だったと考えられます。

a) グローバリゼーション

資本、物資、技術、サービスなどが国境を超えるグローバリゼーションにより、世界共通のグローバル市場が誕生するとの予測は、中国の工場で生産されたという理由だけで当社製品にもべらぼうなタリフが課せられ、出張先の工場ではグレートファイアウォールによってGoogleもFacebookもTwitterも使えない現状を見れば、的はずれだったと言えます。結局のところグローバリゼーションとは、アメリカ企業が海外でも活動しやすくするための方便でした。

b) 二大政党制

議会制民主主義発祥の地であるイギリスでは、保守党と労働党の政策が似通ってしまって区別がつきにくい一方、EU離脱という選択に際しては二大政党とは全く異なる分断線が生じ、予測できなかった事態に至りました。もう一つの二大政党国家アメリカでも、大統領選を巡って国を二分した暴力的ないがみ合いが起きるという異常事態となりました。いずれの例も民主主義が目指すべき本来の方向とは異なり、むしろ二大政党制は社会を不安定にする制度だったことになります。日本でも二大政党制を目指して小選挙区制が導入されましたが、二度と政権交代など起こらない空気です。それ故に日本社会は比較的安定している、と言えるかも知れません。

c) ゆとり教育

詰め込み教育に対する反動から導入されたゆとり教育でしたが、学力低下という深刻な問題に直面しました。そもそも円周率は3で良いという教育が続くはずもなく、早々に脱ゆとり教育なる方向に変更となりました。

d) トリクルダウン効果

アベノミクスの矢の一つで、大胆な金融緩和により「富裕層がさらに富裕になると、経済活動が活発化して低所得層にも利益が再分配される」などという、一見もっともな仮説は、流行語大賞の候補になった程ですが、やはり古典的経済理論に過ぎなかったようで利益は再分配などされず、富はさらに富を生む方向にしか進みませんでした。

e) 冷戦が終結して世界は平和になる

ベルリンの壁が崩壊した時、資本主義が共産主義に勝利し、米ソの対立が終わって、戦争や紛争のない時代がくる、と誰もが期待しましたが、替わりに宗教的対立、米中の対立、サイバー空間での戦いなどが顕在化し、事態は一層深刻になっています。

f) 価格は需要と供給で決まる

生鮮食料品のように時として供給不足に陥るような商品については、理論通り需要と供給のバランスで価格が変動します。古典的経済学の前提条件どおり「全ての人々が合理的な選択をする」のであれば間違っていません。しかし、常に供給過剰になってしまった工業製品については、価格の比較が容易なオンライン販売の普及や、独占禁止法による過剰とも言える消費者保護政策もあり、「一部の人々が非合理的な選択をする」事によって価格が変動してしまいます。

g) 統一ヨーロッパ市場の誕生

人・物・金の自由な移動でEUは統一された市場になるはずでした。しかし、不法移民の移動までもが自由になってしまい、また国ごとに異なる社会福祉制度までは統一できず、さらに各国が経済政策の要である金利を自由に設定できない、という矛盾に直面した結果、イギリスの離脱という結果を招いてしまいました。

h) 金融緩和で物価が上昇

バブル崩壊後、経済理論通りに金利は下落しましたが、その後一向に景気が回復しないことに業を煮やした日本政府と日本銀行は2013年、異次元の金融緩和政策で2%の物価上昇を目指すとしました。しかし2021年になっても未だ実現していません。バブル崩壊後の銀行の貸し剥がしを眼の当たりにした庶民も経営者も、はしゃぎ過ぎたことを反省し、トラウマに陥り、蓄財することが優先で、出費や投資には慎重にならざるを得ません。従っていくらお金が余っていても物価は上がりません。もはや貸し剥がしを知らない世代の台頭を待つ他ないのかも知れません。

i) 原子力発電は安くて安全

言わずもがな、未だにこの建前を捨てる事のできない政治家や企業は、本音との間で苦悶しているはずで す。

(2) 幻想かも知れない定説

前述のような幻想だった定説が唱えられた時、誰もが若干の違和感を覚えながらも「学者がそう言うのだから、政治家がそう言うのだから、アメリカがそう言うのだから、たぶん正しいのだろう」と感じていたはずです。それらが幻想だったと判った今、現在進行形の定説に対しても、幻想かも知れないという疑いが生じます。

a) 働き方改革

ハードワーカーは時代遅れでしょうか。Zoom North Americaの設立時に知人を通じて知り合い、共同出資を仰いだある資産家は、初対面の私に向かって「君はハードワーカーかい? Yesなら出資するよ」と言いました。また、あるノーベル賞候補の日本人科学者は、「自分のプロジェクトの事は、仕事中以外でも、24時間、常にぼんやりと考えている。そうするとある時ふとインスピレーションが降りてくる」と言っています。過労死やパワハラなどは働き方云々の論外です。それらを防止するのは働き方ではなく、人としてのモラルです。仕事を通じてスキルを上げたい、今日中に終わらせてしまいたい、なんでこうなるの?と好奇心を抱く、などのモチベーションを尊重しなければ、働き方どころではなく、働く意欲が失われてしまいます。

b) ジョブ型雇用

日本の企業は有史以来メンバーシップ型雇用で、そもそも集団の意思を尊重する日本人の文化がそうさせてきました。あなたの仕事はなんですか?という問いに、日本人は会社名で答え、外国人は仕事の内容を答える、という辛辣なジョークはもう何十年も前に言われていましたが、今でもその本質は変わっていません。良し悪しの問題ではなく、日本人のマインドセットに適合しているわけですから、今後も当分の間変わることはないでしょう。外資系企業や外国人を多く雇用する会社ではジョブ型を導入することに利点が多いはずですが、ジョブ型雇用ではそのジョブがなくなったら解雇に直結します。企業が解雇を容易にするための方便に使うとしたら、格差の是正どころか、より広げる方向になってしまいます。

c) リモートワーク

リモートワークはジョブ型雇用とセットで成り立ちます。日本のメンバーシップ型組織には和と集団の意思を重んじる文化が根付いている以上、阿吽の呼吸を感じとり、行間を読み、良い意味で忖度する仕事にリモートワークは馴染みません。また、リモートワーク最大の問題点は質疑応答や議論の盛り上がりに欠ける事です。参加者が任意のタイミングで質問したり、自分の意見を述べたりする雰囲気にはならず、順番に質問を行い、順番に答えていく、いわばお役所的な会議に陥ってしまいます。これでは新しい製品のアイデアは生まれません。また、プレゼンテーションにしても、会議にしても、気の利いたジョークやユーモアは場の雰囲気を和げたり、議論の盛り上がりを促す効果がありますが、リアクションの無いジョークほど悲しいものはありません。1秒後にタイムラグ付きで笑いが起きても、義理で反応しているように感じてしまいます。もし何もかもがオンラインになったら社会全体がユーモアを失い、ギクシャクした雰囲気になっていく事でしょう。やはり、相手の目を見て、ノンバーバルスキルも使いながら、タイムラグのない会話をする事が、会社組織には不可欠です。

d) 同一労働同一賃金

この考え方もジョブ型雇用とセットで成り立ちます。メンバーシップ型雇用の場合、雇用形態によってその責任の重さが異なります。事実として、最高裁は2020年10月、職務内容、人事異動や配置転換の範囲などを考慮すれば、アルバイト職員への賞与の不支給は不合理とまでは言えない、との判断を下しました。また、かの有名なピータードラッカーのマネジメント理論によれば、ホワイトカラーのマネジメントとは、時として自分よりもスキルの高い専門家たちを束ね、それぞれのベクトルを合わせ、人数比よりも高い倍率で結果を出すことだ、とされています。その様な職場環境においては、そもそも誰と誰が同一労働をしているのか、という定義ができません。あえて導入するなら同一責任同一賃金と言うべきでしょう。

e) シンギュラリティ

技術的特異点と訳され、人工知能が人類に変わって文明の進歩の主役になる時点、とのことで2045年ごろに訪れる(かも知れない)とされています。100年続く企業を目指している当社にとっては、遠い未来の話ではありません。当社にとってのシンギュラリティとは、商品企画をAIが行うことになるはずですが、果たして当社製品のような、過去や他社にお手本がなく、機能とデザインが微妙にバランスする様な商品を、ディープラーニングが取り柄のAIに生み出せるのか疑問です。逆説的に言えば、AIには生み出せないような商品を企画、開発していれば、シンギュラリティを乗り越えられるということになります。

(3) 信じるに足る定説

幻想だった定説や、幻想かも知れない定説には共通点があります。その定説で得をする人と損をする人が同時に存在する事、表向きの理屈の裏側に何らかの隠された意図がある事です。ということは、プラスマイナスゼロになってしまうゼロサムルールや、隠された意図などには左右されない普遍的な法則に従って経営し、行動することが会社の永続性を担保することになるはずです。

a) 資本主義の欠点

企業活動が資本主義経済によって成り立っている以上、その資本主義が持つ様々な欠点を理解しておくことは、企業の在り方を考察する上で重要です。

・必然的に所得格差の増大を生み出す。

・所得格差で生じる貧困問題を解決できない。

・景気循環と不安定な経済をもたらす。

・貧富の差を是正できるほどの雇用を生み出せない。

・企業活動の負担を企業に課さない。

・環境や天然資源を搾取する。

・個人主義と自己利益を追求する。

・金融主導で経済を成長させる。

・短期的利益を追う計画を好む。

・社会的価値や幸福感を計算に含めない。

これらの欠点を逆説的な定説だと考えれば、会社が目指すべき方向性が解ります。つまり、所得格差や貧困を容認しない理念を掲げ、景気に左右されない経営で雇用を守り、環境や天然資源を守るために相応の負担をし、自己の利益のみに固執する金融主導の錬金術には加担せず、長期的利益を重視することで社会から存在価値を認められる企業になる、という方向性です。

b) 人としてという価値観

コンプライアンスは、人として守るべきルールであって、法律に触れなければ良い、という位置付けではありません。ただし、ハラスメントやジェンダーに関する基準の様に、時代と共に移り変わってしまうルールもあります。会社にはコンプライアンスマニュアルも制定されていますが、移り変わる基準をあらかじめ織り込んでアップデートしておく事は不可能で、変化を取り込むのは止むを得ず事後的になってしまいます。この様な場合、どう行動すべきかの基準は「人として」という価値観に他なりません。人としてやって良い事なのか、言っても良い事なのか、行っても良い所なのか、売っても良い物なのか、買っても良い物なのか、と言う基準で考えれば、自ずと答えが出るはずです。

さらに、「人として」と言う価値観は、「適者生存」という自然の摂理にも通じます。常に進化を続け、環境に適応し、仲間と共存するための基準にもなります。言い換えれば、様々なリスクや問題に直面する場面でも、自然界の法則には逆らわない、という謙虚な態度で接すれば良いということになります。

c) モノづくりが資本主義の原点

例えば英語は、コミュニケーションの道具であって、英語そのものがビジネスになる訳ではありません(一部業種を除く)。同様に、金融も、投資も、ITも、本来はそれぞれが独立したビジネスになるのではなく、モノづくりの為のビジネスであるべきです。金融は新しい製品を生み出す企業に資金を提供し、投資はアイデアがあるのに資金がない起業家を支援し、ITは製品の開発効率や性能の追求に利用することが、それらをとりまくあらゆるサービス業に波及して経済を活性化させます。この相乗効果こそが本来のトリクルダウン効果と言えるはずです。

d) インターナショナリズム

グローバリズムが幻想だったことが明らかになり、その反動でナショナリズムが台頭することになりました。

アメリカファーストを唱えたトランプ政権の流れは世界各国に波及し、中国では国家主席がかつての皇帝のような権力を持ちつつあります。このままナショナリズムの台頭を放置すれば、破滅的な結果をもたらすことは想像に難くありません。グローバリズムは幻想、ナショナリズムは破滅、だとすれば進むべき道はインターナショナリズムしかありません。国境と国の独立を維持しつつ、互いに節度のある交流を維持することが、政治・経済の安定をもたらすはずです。

e) 軍需産業に関わらない

憲法で戦争を放棄している日本に軍需産業があるのか、と問われれば答えはYesです。防衛省による令和3年の防衛関係費概算要求額は5兆4897億円、このうちミサイル防衛を含む宇宙関連が724億円、サイバー領域関連が357億円、その他自衛隊の装備品である潜水艦、ヘリコプター、弾薬、電子機器などがあり、空母にしか見えない護衛艦も含まれます。それらを製造している会社や業界がTVコマーシャルを打ったり、積極的にソーシャルメディアで発信したりはしていないので、一般的にはよく知られていませんが、名にし負う日本の一流企業がこぞって関わっています。環境や人権への配慮を強調する企業が、同時に人を殺すための道具をも製造していることは、二枚舌と言わざるを得ません。

一方で、アメリカの楽器産業の規模はおよそ7000億円とされ、そこから世界では1兆5千億円程度と推計できます。日本の軍事予算の1/4程度の規模しかありません。日本と日本人を脅威から守る防衛は大事な産業であることは言うまでもありません。しかし、いかに巨大な市場がそこにあろうとも、当社グループは、人々のささくれだった気持ちを和らげるという間接的な方法で、戦争のない世界の実現に貢献すべきです。

f) 原子力産業に関わらない

当社で何らかの問題が発生した時の対処方法は、2度と起こらない様に根本的な対策をする、です。

そのために3回の「なぜ?」を繰り返すべし、と行動規範でも定めています。では「なぜ?」福島第一原子力発電所の炉心溶融事故は起こってしまったのでしょうか。1回目のなぜ?の答えは、原子炉を冷却するための電源を喪失したから、2回目のなぜ?の答えは、想定外の津波が来たから、そして3回目のなぜ?の答えが導き出す真の原因は、想定以上の津波の大きさを予測した科学的知見よりも経済合理性を優先させたから、です。ところが資本主義社会において我々は、常に経済合理性を最優先して事業を行っているわけですから、原子力発電所を安全に制御する事と、事業を発展させるための優先事項とは両立しないことになってしまいます。従って2度と事故を起こさない根本的な対策とは、原子力発電を止める事であり、それが一企業にはできないのなら、せめてそれに関わる事は避けなければなりません。

g) Conscious Capitalism

金融を中心とした資本主義の欠点を補おうとするのが公益資本主義ですが、その発想が生まれた反面教師であるアメリカでさえも、一部の起業家の間でConscious Capitalism(思慮深い資本主義)というムーブメントが起きています。この考え方は4つの原理からなるとされ、1) 全ての関係者をやる気にさせる高次元な目的、2)顧客や従業員、流通業者、サプライヤー、地域、環境といった全てのステークホルダーの統合、3) そのステークホルダー全てに奉仕する思慮深いリーダーシップ、4) 同じく全てのステークホルダーの価値向上を目指す思慮深い企業文化とマネジメント、とされています。公益資本主義の考え方とは驚くほど類似しており、これらが日本と米国で同時発生的に提唱されていることは注目に値します。

h) 会社は社会の公器

会社、とりわけ上場企業は公器である、という原則に依る公益資本主義やConscious Capitalismでは、「公益」と「思慮深い」という言葉の違いはあっても、会社の目的、企業文化、リーダー、マネジメントにまで、ステークホルダーに奉仕する行動を求めている点では共通しています。公益や思慮深いという言葉からは、利益を度外視するというニュアンスも感じられますが、そもそも利益がなければ配分もできないので、経営は利益を最大化することが大前提であり、最優先されます。ステークホルダー(利害共有者)とは、社員、役員、顧客、株主、工場、代理店、販売店などの直接的な関係者の他、地域、国家、地球など、会社が間接的に恩恵を受けている社会や環境も含みます。会社とその取締役会は、これらの人、組織や環境と利害を共有し、適正な利益を配分しなければなりません。

利益配分の定義

前述の幻想だった定説、幻想かも知れない定説、信じるに足る定説等を念頭に、この第3次中期経営計画において、ステークホルダー(利害共有者)それぞれへの適正な利益配分を次の様に定義します。

・社員:会社の成長と社員の収入が直接リンクする制度を導入します。

・執行役員:貢献度に応じたインセンティブを報酬に加えます。

・顧客:競合他社製品よりも圧倒的に優れたコストパフォーマンスをコミットします。

・株主:投機目的ではない中・長期保有株主を優遇する制度を導入します。

・工場:根拠に基づいたコストダウンでWin-Winの関係を構築します。

・代理店:市場のテリトリを厳正に管理する施策により逸失利益を最小化します。

・販売店:チャンネルマネジメントにより不当・過当な競争を排除します。

・地域社会:公益的なNPOを設立して会社と社員・役員の属する地域に貢献します。

・地球環境:製品の性能向上による省エネルギー化や廃棄物削減などで環境負荷を軽減します。

かなり攻めた内容だ