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論点整理:呉座勇一氏と北村紗衣氏を巡る一連の論争――または、扇動者たちのオクラホマミキサー

時価総額1兆円バイオベンチャー「セラノス」の栄光と崩壊(山崎繭加)

結局解散してたんだな

「AはBだからダメ、と批判する人はなぜCがBであることを批判しないのか」と難じるタイプの思考様式のことを...

「AはBだからダメ、と批判する人はなぜCがBであることを批判しないのか」と難じるタイプの思考様式のことを原理主義と呼びます。原理主義者は論理を守ることを優先しAやBやCそれ自体やその文脈を取り替え可能なものとして扱う。いまや原理主義は支配的思想ですが、それ単純に「有効性が狭い」よね

@smasuda

論理が首尾一貫していることは議論の基本だと思うのだが。

批判しないのであれば、前提や論点が違うことを説明するのが筋というものだと思う。

様々な論争や抗議やその理論化とかあるけど、だいたい「短期的な問題を長期的な問題と...

様々な論争や抗議やその理論化とかあるけど、だいたい「短期的な問題を長期的な問題とすり替えている」あるいはその逆、という形で整理すると了解できる。了解できるだけで解決はしない。オレたちは80年程度の短期でしか生きられないためです。でもせめて了解と解決の区別ができると生きやすくなるよ

@smasuda

諦める/諦めさせるための方便な気がしなくもないが

つまり、木村幹先生は「障害と就労の事情で本名と経歴の一部を隠している人間の話は一切聞けない...

つまり、木村幹先生は「障害と就労の事情で本名と経歴の一部を隠している人間の話は一切聞けないし、個人情報は容赦なくアウティングする」人じゃないですか。

これ、差別主義者以外のなんなんですか?

@syakkin_dama

元々借金玉氏が小宮先生に蹴りをいれていたら、木村先生がうざ絡みしてきて、借金玉氏のターゲットが木村先生に変わり、木村先生がしょうもないガキみたいなヘソの曲げ方をした結果、差別主義者の称号を得ることになったの本当に笑っちゃうんだよな

①オランダは男女共同で子育てをする...

①オランダは男女共同で子育てをする

②何故なら男も週3~4で16時くらいまでしか働いてないから

③なんでそれで経済成り立つの?

④天然ガスがかなり出るらしい

っていう思考にならずに、

①オランダは男子共同で子育てをするらしい

②日本は遅れてる、日本はクソ

ってなる人達がいる

@megane2480

フェミニストを叩くことで先鋭化を進め自壊に導く戦略

クセイさんがフェミニストぶっ叩くのは

フェミニストの歪んだ認識を変えたいとかそんな優しい理由じゃなくてな

『叩けば叩くほど人は思想にのめり込む』からだよ

北風と太陽だ

強く当たればより一層フェミニズムに傾倒する

そして狂っていくのを眺める

フェミニズム自体が狂った思想だからな

@skarlet9lives

思想に傾倒した人間の末路はいつも悲惨なものだと歴史は証明している

だからこれからもフェミニズムを叩くし、より一層先鋭化して貰うために、社会から孤立していただく為にぶっ叩くよ

思想が濃厚になった組織に待ってるのは内ゲバ、総括という破滅だ

@skarlet9lives

フリーハンドで悦楽や闘争のための暴力を振るうための大義名分でしょ

>「差別をなくそう」などとゼロ思考

そんな微笑ましい話ではないだろあれ。

「差別をなくす義務がある、つまり差別するレイシストは抹殺する必要がある。そして俺の敵であるお前はレイシストだ」ていう、フリーハンドで悦楽や闘争のための暴力を振るうための大義名分でしょ。

@s_w_s_m

共産主義者が「反革命分子」とか「総括」と言いながらやってたあれの焼き直しに過ぎないのである。

ケロロ軍曹アイコンの社会学者の中の人について

あのケロロ軍曹の人、立教大の人だったのか

すごく頭良くていい大学も出てて言論で飯を食ってる人の言うことが「白饅頭なんかとつるむから悪いんだ」...

すごく頭良くていい大学も出てて言論で飯を食ってる人の言うことが「白饅頭なんかとつるむから悪いんだ」ばっかり。そこはnoteでもブログでも何でもいいから「今からでも遅くないから俺の私の主張を読んであいつは間違ってると気付いてこっちに来い」と言えないもんかね。

@dameningen1gou

ポリコレ的な予防線を張りすぎて断言できないの、自らの言葉の説得力を失っていくだけなので言論としては自殺に近い

昨年の古い記事に釣られるジャーナリストがいたり、いつも何かを批判せずにはいられない演劇人...

昨年の古い記事に釣られるジャーナリストがいたり、いつも何かを批判せずにはいられない演劇人がいるのは、常に自分が批判したいものや人の《批判材料》を探す事が目的になっているからではないかと私は思う。「とりあえず食い付く」という落ち着きのない反射運動の様に見える。

@JPN_LISA

自分を常に「正義」のポジションに置きたい人はとりあえず批判したり怒ったりしがち。

僕、10年前から言ってるけど、朝日の記者たち、原発事故こそ遅れてきたアンゴルモアの大王だと...

僕、10年前から言ってるけど、朝日の記者たち、原発事故こそ遅れてきたアンゴルモアの大王だと期待したんだろうけど、原発事故の影響は事故直後が最悪で時間が経てばたつほど好転していく物だから、あの時、預言が成就しかなった以上、この先どれほど待っても終末は来ないんだ

@nananao2236

そんなことはわかり切っていたはずなのに、わからない、わかれない。終末カルトは信仰だから。オウムで明らかなように、信仰ってのは一度はまっちゃうと自分の意思で抜けるのはほぼ不可能なわけで。だから彼らは何を言われても、死ぬまでアレを続けると思うよ。アレが彼らの信仰で聖戦だから

@nananao2236

彼らに終末のアイデアを与えたと言う意味では、五島勉も罪作りだよね

@nananao2236

「疲れてたから夕飯はテキトー飯を作って終了した」って話に「そんな状態なのにご飯を作らされる...

「疲れてたから夕飯はテキトー飯を作って終了した」って話に「そんな状態なのにご飯を作らされるのヒドい」みたいなご意見を賜った。私の場合「瀕死なりに満足できる食事を家族に用意したい」っていう自由意志なんだけど、「妻は家事を”やらされる”イキモノ」と考える人もいるんだなあと目からウロコ。

@fukazume_taro

私の場合、基本、家事は自己満足だったりする。自分が食べたい(家族に食べさせたい)から食事を用意するし、自分が快適に過ごしたいから掃除をする。そしてやりたくないことは夫に丸投げ。20年くらいそんな感じ。

@fukazume_taro

「学校に縛られたくない」と不登校を選んだ小学生YouTuberが、卒業証書を破いて尾崎豊を歌う動画を...

「学校に縛られたくない」と不登校を選んだ小学生YouTuberが、卒業証書を破いて尾崎豊を歌う動画をアップしたらしいけど、彼が縛られてるのは学校ではなく親なんじゃないかという邪推が止まらない。

@fukazume_taro

正直、彼に自我が芽生えた時どういう結末になるか楽しみに待ってるところはある

ゆたぼんを見ていて心が痛むのは、「社会の敷いたレールの上は走らないぜ」というポーズをとりながら...

ゆたぼんを見ていて心が痛むのは、「社会の敷いたレールの上は走らないぜ」というポーズをとりながら、実際には親の敷いたレールの上を走っているところ。

@makotopic

マガジン限定記事「取りこぼされた大勢」

マガジン限定記事「文明社会の裂け目」

献血ポスターを批判した小宮友根氏、『宇崎ちゃん』について一言も触れていないと主張

「宇崎ちゃん」という単語を出していないからセーフ理論、反転可能性あるのか?

社会学者や書評委員だの、それなりの肩書きを持つ人達が揃いも揃って...

社会学者や書評委員だの、それなりの肩書きを持つ人達が揃いも揃って

「アイツに表現の場が有るのが解らない」

だの

「悪いのはアイツだから当人も所属の組織の第三者も批判されるべき、電凸はありだ」

だの

「アイツとアイツの擁護者は非モテ系云々」

だの言ってるの、普通は「異常」じゃないのかな。

@reirei_pot

いや普通って言葉は曖昧だよなと常々思ってはいるんだけど、流石に、流石にここは、

「この発言は誰に向けてもおかしいだろう」という「認識を共有できている」と、確認するまでもない前提であると思うじゃないですか。

そうじゃないんですよね。揃いも揃って「そうじゃない」んですよね。

@reirei_pot

人間はどれだけお勉強して賢そうな肩書を身に付けても所詮は感情の生き物

「なにを言うか」が、知性

「なにを言うか」が、知性

「なにを言わないか」が、品性

「私あの時なんであんなこと言っちゃったんだろ...」が、人生

@kazuuu0720

市民感覚としての白饅頭、知性主義の限界、経験の抹殺

ある時に世界がパッと「アップデート」されちゃう人、感情的なのに自分の事を理性的だと思ってたり...

ある時に世界がパッと「アップデート」されちゃう人、感情的なのに自分の事を理性的だと思ってたり、賢くないけど自分の事を賢いと思ってたりする人に多い気がする。

@r_itt_su

人間そんなもんである

最近「分かりあえない人間はいる」みたいな見解を見かけることが増えたように思うが、それ自体は...

最近「分かりあえない人間はいる」みたいな見解を見かけることが増えたように思うが、それ自体は自分の考えと近いから良いのものの、こういままでかなりの間言われてきた「対話」とかそういうのはどこにいったのか、という思いはある。

@wigondog

「対話=自分に思い通りになるまでゴネ続ける」みたいな文化圏の人もいるから

発端の生徒告発はうそ 風刺画の授業、実は欠席―昨年10月の仏教諭殺害テロ

パリ近郊の中学校で昨年10月、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を授業の教材にしたサミュエル・パティ教諭=当時(47)=が首を切られて殺害された事件で、発端となった女子生徒の告発が虚偽だったことがフランスの報道で明らかになった。「優しい先生」と評判だった教諭の命を奪うだけでなく、イスラム教徒が多い国々とフランスの対立を招いた虚言に、やりきれない思いが広がっている。

8日付の仏紙パリジャンによれば、女子生徒は問題の授業を欠席していた。しかし、自身の父親に対し、教諭が風刺画を見せる前にイスラム教徒に挙手を求め、教室を出るよう促したと主張。自分はこれに逆らい、2日間の停学処分になったと虚偽の説明を行った。

憤慨した父親は教諭を非難する動画をインターネット上に投稿。これを見た当時18歳のチェチェン系ロシア人の男が犯行に及んだとされる。

同紙によると、女子生徒は昨年11月、父親への話がうそだったと捜査当局に告白した。実際には素行不良による停学だった。「優秀な双子の姉妹と比べられ普段からコンプレックスを抱え、本当の理由を父親に言い出せなかった」と釈明した。

教諭が授業で風刺画を扱ったことは事実だが、イスラム教徒に教室から出るよう促したかは確認されていない。仏メディアによれば、女子生徒は悪意ある告発容疑、父親はテロ殺人の共謀容疑で「本格的な捜査」を受けた。

殺された教師も殺しにいったロシア人も教師をネットに晒した父親も全員彼らなりの正義で動いた結果なの、本当に正義はクソだなという感想しかない。

発端の嘘松ガールは論外だが。

経済をオンラインゲームに例えてみよう

DMで質問もらって、たとえ話を思い出しました。

経済をオンラインゲームに例えてみよう

運営はイベントでゲーム通貨をバラマキ、プレイヤーを集めます。

しかし、バラマキ過ぎて、ゲーム内物価の上昇幅が気になってきました。

そこで、イベントチームと財政局に分けることにしました

@tasan_121

で、イベント予算がもっとほしかったら、ゲーム債を発行して、プレイヤーからお金を集めなさい!としたのが国債ですね。

プレイヤーが投機をするよりも、利率が低いけど安全な投資。ゲーム内にも健全に再分配できます。皆喜ぶ。Win-Win

しかし?

@tasan_121

ゲーム債の販売をしていたら、

「ゲーム債は運営の借金!」「ゲーム債を発行し過ぎると運営が破綻する!」「運営は国債を発行するな!」

とプレイヤーたちが言い始めました???

ってありえますか?

@tasan_121

で、運営まで真に受けて、ゲーム債で破綻する!国債を発行するのはやめよう!となったら、どんどんゲーム内で稼げなくてクソゲーになり、古参が強いゲームになって過疎になるだけです。

そんな運営というか、担当者、いますかね

いたら速攻でクビになると思います

@tasan_121

どのゲームでも、バラマキが進み、ゲームはインフレし、初心者特典を厚くし、デイリーボーナスを配ったりもしていますね

そうしないと、他のゲームに行くだけですよ。現実には土地や仕事があるからなかなか移動できないですけどね

@tasan_121

「フェミニスト」誹謗中傷語認定

「名誉男性」という汚い言葉そのものが誹謗中傷なんだって事がわかってないんだね。

元名誉男性として言わせてもらうと、名誉男性は非難されるべき。それは誹謗中傷には当たらない。

https://twitter.com/iroa1991/status/1374642093407182851

@i0NNv2LQv7GM55V

@cat_girl_25

名誉男性が汚い言葉とのことですが、あなたが言う「フェミニスト」も十分レッテル貼りした誹謗中傷的な意味を孕んでいますけどね。

@i0NNv2LQv7GM55V

まぁ、文脈に込められた意図のことを言いたいんだろうけど、「馬鹿って言ったらお前も馬鹿」ぐらいの幼稚さなのが悲しいなぁ

だから言わんこっちゃない、LINE情報漏洩の深すぎる闇(山本 一郎)

外部記事リアクション共有「カズオ・イシグロの憂鬱」

金玉中止、思い複雑「開催議論もっと必要」「無理できない」

2021年 声に出して読みたい日本語グランプリ最有力ノミネート来ちゃった

追記

流石にタイトル変えた模様

「呉座先生事件」に思うことと、「分断の時代を真剣に超えるオードリー・タンの知恵」が身近な活動家...

『「リベラル」でないと人間扱いされない』バラモン左翼問題

バラモン左翼問題のまとめがとても良い

リベラルはなぜ「社会」自由主義であることを隠すのか

リベラルが「自由主義なのに自由を否定するなんて!」と批判されたときの反論は決まって

「リベラルとは完全な自由ではなく社会自由主義のことだから社会的正義を優先する」であるが、

じゃあなぜ彼らは社会自由主義者と名乗らず、リベラルという曖昧な自称をし続けるのだろうか。

推測だが、社会主義=左派的な要素を読み取られるのが嫌いなのだと思う。

でも可笑しな話である。今時リベラル=左派であることに異論をはさむ人はいないだろう。

いつから左派は名乗ると恥ずかしい称号になったのだろうか。

社会党時代の誇りを彼らは忘れてしまったのだろうか。

池上彰がリベラルのことを左派と呼ばれたくない人たちと称してプチ炎上したことがあったが、あれは池上にしては珍しく言い得て妙であった。

左派としての誇りを思い出し、堂々と「我々は社会自由主義者だ」と名乗ってほしい。

日本のムラ社会はキモい!(自分たちはLINEや鍵アカウントTwitterの発言を監視して隙...

日本のムラ社会はキモい!(自分たちはLINEや鍵アカウントTwitterの発言を監視して隙あらば辞職に追い込みます!)

@stalemate

とはいえ、自分は頭がいい、自分は進んでいる、自分は正しいと主張し続ける人は、その主張の...

とはいえ、自分は頭がいい、自分は進んでいる、自分は正しいと主張し続ける人は、その主張の内容に関わらず一般的に幼稚な危険性を帯びる可能性があり、そのことを指摘するのは冷笑的でも現状追認的でもなく、それこそが人生の知恵だということだけはバカとして記しておこう。

@hazuma

現実には、男性の寿命のが遥かに短い。

> RT

「女はどれだけ男から暴力を振るわれ殺され犠牲にならなきゃいけないの?」

現実には、男性の寿命のが遥かに短い。

労災、社会的なプレッシャーからの自殺などなど。

どれだけ男は負担を負わされ死ななきゃならないのか?

これに耳を傾けたフェミニストを、私は寡聞にして知らない。

@AnonymousLonger

女性版恋愛工学、負の性欲フィルターをドヤァしてるだけのオナニーっぽいが、価値という基準...

女性版恋愛工学、負の性欲フィルターをドヤァしてるだけのオナニーっぽいが、価値という基準を出して「女は社会的価値の高い男が好き」を認めているのは面白いな。

まあその社会的価値を高く見せるテクニックこそがPUAの領域なので、話が振り出しに戻っている気もするけど。

@arato_san

津田大介、あずまんとつるむことで「何となくインテリデブ」枠で喰ってきたが、いよいよメッキが...

津田大介、あずまんとつるむことで「何となくインテリデブ」枠で喰ってきたが、いよいよメッキが剥がれて末期的に見える。

@Lev1026

白饅頭日誌:3月20日「インターネットで所狭しと大活躍する人文系の皆さんについて」

亀田俊和氏のツイートを発端とした、北村紗衣(さえぼう)氏と呉座勇一氏のバトル

人文村の炎上事件ってこれか

面接官「あなたを動物に例えるとなんですか?」

面接官「あなたを動物に例えるとなんですか?」

学生「オウムです」

面接官「ほう、それはなぜですか」

学生「 ほうwwwwそれはなぜですかwwwwww」

@tantann_study

これは草

電凸を生き甲斐にしている人は自分のことを正義の味方と勘違いしてるんでしょうね。やってる行為は街宣...

電凸を生き甲斐にしている人は自分のことを正義の味方と勘違いしてるんでしょうね。やってる行為は街宣右翼のスピーカーと大差が無いんですが・・・

@rockfish31

勘違いしているのではなく、確信しているのだ。

正確な文言は忘れたが、大杉栄の言葉で「法律の下す制裁には限りがあるけれど、道徳の下す制裁には限りが...

正確な文言は忘れたが、大杉栄の言葉で「法律の下す制裁には限りがあるけれど、道徳の下す制裁には限りがない」という主旨のがあったと思う。まさにそれをかみしめている。

@dadaemonsan

故に社会は法治でなければならないのだ

女性研究者、自分が標的になるのを避けるために、ボーイズクラブのノリに自ら染まったり...

女性研究者、自分が標的になるのを避けるために、ボーイズクラブのノリに自ら染まったり、「嫌だな…」て気持ちに蓋をして多数を占める男性に気を使って笑顔でい続けたりしてきた人、とても多いと思う。私もずっとそうだった。だってそうしないと、活躍できる場に出られないんだもの。

@yukao1218

笑顔で居続けることでゲタを履かせてもらっていた可能性はないだろうか?

だんだん歳を取るとあれが「中年男性の理想的な完成型」なのではないかという思いが強くなっていく

「ギャグはつまらんが人は傷つけない陽気なふとっちょおじさん」みたいな存在、子供の頃には確実に「カッコ悪い、なりたくない大人像」の上位だった記憶があるんだけど、だんだん歳を取るとあれが「中年男性の理想的な完成型」なのではないかという思いが強くなっていく。

@49sick89hack

あなたは人が自分の気に入らない奴の有料noteに金出してたことにショックだったかもしれませんけど...

あなたは人が自分の気に入らない奴の有料noteに金出してたことにショックだったかもしれませんけどこっちだってインターネット雑誌のライターが使ってるフォトショに金出してないことにびっくりしたんですよ

@hideyosino

津田先生のあれについて

カズオ・イシグロの警告が理解できない、リベラルの限界(御田寺 圭)

いままで熱心に「ムラ」を批判していたはずの人、「ムラ」が嫌いなんじゃなくて、自分が「ムラ」的な...

いままで熱心に「ムラ」を批判していたはずの人、「ムラ」が嫌いなんじゃなくて、自分が「ムラ」的なもので美味しい思いができなかったから批判していただけで、自分が得しそうなら大喜びで「ムラ」の論理を振りかざすのだなあ。人間性の素直な輝きを感じる。

@terrakei07

それ以上いけない

彼らの本音、バラバラの世界

そうとも言えなくて、ネトウヨという言葉が酷使のような最初からネガティブであることが自明な言葉かと...

そうとも言えなくて、ネトウヨという言葉が酷使のような最初からネガティブであることが自明な言葉かと言われたらそうでもない。そもそも右翼という言葉がネガティブであることが自明な言葉ではなかった。

@nabata_me

「嫌韓」にしろネトウヨにしろ、最初から能力的な低さを表す言葉ではなかった。現状はそれらに対して能力的な低さで切断操作がなされるのが普通なので、能力的に低い人を指す意味を持つ言葉になっている。最初からそうだったわけではなかった。

@nabata_me

ただ、それでも現代では「右翼」と「ネトウヨ」の上下関係は確定したと思う。

昔はネトウヨは右翼の亜流、出来損ないみたいな扱いだったけど、今では右翼のほうがだいぶ格下なんじゃないかな。

@nabata_me

ネトウヨから見れば、右翼なんてリベラルの亜種みたいなもので、若い層を中心とするネトウヨが感情論的価値観を恥じない相手に対して軽蔑しないはずがない。

感情の共感を説得力だと考える価値観は、ネトウヨからすれば左派の価値観そのものだろう。

@nabata_me

かつて偉大なショウペンハウエルが「他人の著作物をいくら読んでも、それだけで自分の精神にできる訳では...

かつて偉大なショウペンハウエルが「他人の著作物をいくら読んでも、それだけで自分の精神にできる訳ではない」と釘を刺しましたが、人文村の暴走正義マンたちはまさにこの批判が当てはまりそうですね。

@HTCH2

自分の気分に基づいた結論が決まっており、その結論に合わせて物事を解釈する人々がそのような高尚な精神を持ち得る可能性は限りなく低い。

差別をなくそうと素晴らしい活動をしているはずの人たちが、他者に「差別主義者」...

差別をなくそうと素晴らしい活動をしているはずの人たちが、他者に「差別主義者」「ミソジニー」「名誉女性」などレッテルを貼り、分断を生み出し逆差別構造に加担している。

特にジェンダー系の話題はこの構造になってること多い。

多様性認めるはずが排除主義になってんの、どーにかなんないかなぁ

@himeyuzk

多様性云々は建前で本音は「私に都合のいい社会を」だからどうしてもそうなってしまうのだ。

社会活動は己のエゴを自覚できない者がやると容易に精神的乞食に堕してしまう。

大学時代好きだった女の子がプペランカー化していた

「増田君久しぶり、元気してる?」

大学生のとき同じサークルだったランカちゃん(仮名)から急に連絡が来た

日々KKO道に精進している私なので、「こういうケースは宗教かマルチか借金申込のどれかだな」と思いながらとりあえず返信した

適当に近況報告をする中で彼女がようやく本題を切り出してきた

「増田君自粛してばっかじゃつまらないよ 今度一緒に映画見にいかない?」

「いいよ 何か見たいのある?」

「キンコン西野さんのプペル見に行こうよ 増田君見たことないでしょ」

ああ、そういうことか ここでようやく私は彼女の真意を悟った

学生時代明るくてかわいくて聡明でみんなの中心的存在だった彼女がプペランカーとなってしまっていたのだ

結局私はその誘いを受けることにした 3000円かそこらのはした金で彼女とデート気分が味わえるのであれば安い買い物だ

レンタル彼女を利用すれば桁が1つ違うわけだし、好意を持っていた子との映画ならまったくもって問題ない

当日、駅で待ち合わせをして二人ですぐに映画館へ向かった

今日がこれで4プペ目だと自慢げに話す彼女

コロナ対策のため席は1つおきとなってしまうので、隣り合わせで見られなかったのは残念だが私は(私の中だけで)映画デートを堪能した

見終わったあとで感想を聞かれたら困るので、とりあえず上映中は真面目に映画を見たのだが内容はよく覚えていない

映画が終わり、ファミレスへ移動し二人で映画の感想を話し合ったあとで二人で駅まで歩いていると

「増田君、よかったら来週もいかない?この映画見るたびに新しい発見があるんだよ」と彼女が誘ってきた

駅を通り過ぎれば東口にはラブホ街がある 彼女を救い出すためには自分が悪者になるしかない 私はそう決意して彼女に答えた

「じゃあプペルについて朝まで語り合おうぜ」

そういって私は彼女の手を引っ張ろうとしたが彼女が手を振りほどいてきた

「何それ 私そういうつもりじゃなかったんだけど」

「でもさ、ランカちゃんはこちらからの信用をうまくつかって映画に誘い出したわけでしょう

こっちは映画を見ることを応諾してランカちゃんからの信用を得たんだから、それを使ってホテルへ行こうっていってるだけだよ?

西野がいう信用経済ってそういうことでしょう」

「ちがうよ 西野さんが言ってる信用経済はそんな汚いものじゃないよ

私が何かにチャレンジしている人を助けたから、私が何かにチャレンジするときに誰かが助けてくれるんだよ」

「僕はランカちゃんからえんとつ町のプペルのチケットを捌かす手伝いをしたよ

じゃあランカちゃんも僕の股間の煙突に対して何か手伝いをするべきなんじゃないの?」

「何それ・・・本気でそれいってるの?」

「サロンの世界では1プペ=3000円なんでしょう だったら5プペで1回やらせて・・・いや1円突させてよ」

「お金で女性を買うとか最低じゃない」

「買ってるわけじゃないよ 僕は夢を支援してるだけだよ 円突って言い方が嫌なら援突にしようか 7プペ=1援突でど・・・」

私がその言葉を言い終わる前に彼女は手に持っていた台本を思いっきりこちらへ投げつけてきた

怒りで肩を震わせながら駅へ足早に立ち去っていく彼女

そんな彼女の後姿を見ながら「早く気付くんだ 今ならまだ戻れる 目に見える全てが優しさなんだよ」と心の中で叫びながら

「プペプップ~ プペルゥ~」と口ずさみつつ腰を振り続けた

親の前で朗読させたい日本語

今日は国際女性デー。わざわざこんな日を作らねばならぬ所に女性が搾取され、弾圧され、踏みにじ...

今日は国際女性デー。わざわざこんな日を作らねばならぬ所に女性が搾取され、弾圧され、踏みにじられてきた経緯がある。日本では大して能力もないのに、男だからと言う理由で役職につき組織の足を引っ張り続ける事例が日常的にある。優秀な女性に責任を持たせれば日本は悲惨な状況から脱出できる。

@aiko33151709

「優秀な人間」を適切なポジションに付ければいいだけの話で殊更性別を限定したがるのは自分自身の差別意識を隠しきれていないということなのですがそれは

「清潔感がない」は実質「生理的に無理」と同義語に近いことに気付いてしまったな

「清潔感がない」に関して、風呂入れ!身嗜みに気を遣え!という人間は多いけど、「除菌洗浄したゴキブリと野生のカブトムシのどちらかを触れ」と言われたら大半の人間は後者の方を選ぶだろうし、「清潔感がない」は実質「生理的に無理」と同義語に近いことに気付いてしまったな。

@rei10830349

人間は感情の生き物

「組織は嫌でござる」と叫び続けてきた人間たちがプレイヤーとしてそこそこ食えるようにはなったものの...

「組織は嫌でござる」と叫び続けてきた人間たちがプレイヤーとしてそこそこ食えるようにはなったものの、30代半ばで判で押したように「そろそろマネジメント覚えないとやばいし、俺たちが本当に嫌ってきたものには残念ながら高い価値がある」って話になってるの、心底つらい。

@syakkin_dama

若者の面倒を見なければならなくなるとどうしてもマネジメントは必要になってしまうのだ

白饅頭日誌:3月19日「【悲報】いい人だけの国、将来的にはつくれそう」

邪悪だ

人文村民、もしかして「左翼」って言われるの嫌だったのかな(笑)

人文村民、もしかして「左翼」って言われるの嫌だったのかな(笑)

@terrakei07

自分たちがただしくて、自分たちが市民社会で好感を得ている、ってマジで思っているっぽいんだよな。実際はそうでもないことをSNSで知ってしまって認知バグが発生し「私たちに反発する者はネトウヨ/差別主義者/冷笑系」みたいな感じでその認知ストレスを落ち着けようとしている。

@terrakei07

「自分は正しい側にいる」という根拠のない信念を持っていて、他人もそう思っているに違いない、そう思わない奴は馬鹿にして構わないみたいな人は多い。

例えば、某小田嶋先生などはそういう傾向が顕著である。

自分は女性の外見をジャッジできる立場にいる、と思い込んでる男性を腐るほど見てきた。

自分は女性の外見をジャッジできる立場にいる、と思い込んでる男性を腐るほど見てきた。

ただ彼らは「男は外見じゃない」と信じてたりするので、ジャッジをし返してもその痛みを理解できない場合もある。

でも性器のサイズ等について色々訊くと大人しくなるパターンが結構あった。

男女非対称の一例。

@Lily_to_Rose

女性への「ブス」「デブ」という言葉がもたらす痛みに呼応するものは、男性にとっての「粗チン」「早漏」あたりではないか。

前者は「外見」を、後者は「性的能力」を毀損し得る。

それを男女で逆に使っても、相手に与えるダメージはやはり異なるだろう。

社会が男女に割り振る役割分担が見て取れる。

@Lily_to_Rose

「自分は他人の外見をジャッジできる立場に云々」は完全にお互い様だと思うのだが

プラスサイズモデルとか、毛の手入れしない人とか、歯並びの悪い口のどアップ広告とか、ああいう「これ...

プラスサイズモデルとか、毛の手入れしない人とか、歯並びの悪い口のどアップ広告とか、ああいう「これは我々人類が陥ってきたルッキズムへのアンチテーゼです」という文脈前提で「美しい!美しい!」と言われているやつ、なんだかなあ…という感じがある。

@hershamboyz

何が嫌って、あからさまに文脈込みで評価しているのに「これが本当の美しさよ!」と強弁し、「ええ…」となっている人を「このルッキズム野郎め!」と批判してくる姿勢にキツさがあるのが嫌なんだよな。

@hershamboyz

「我々人類が陥ってきたルッキズムに対抗するために、今、敢えて一般的に醜いと思われてる部分を曝け出しています。ショックを受けてください。そして、考えてください」くらいのスタンスなら良いんだけど、みんな「私はルッキズムに陥っていないため本当に美しいと思ってますよ!」とフリをする。

@hershamboyz

こういう話を本気でやるなら、糾弾じゃなくて自省じゃなきゃ駄目なんだよ。「あなたはあなたらしくて良いのよ!何もしなくて良いの!」と言いつつも、僕らは毎日髭を洗って洗顔して歯磨きしてカロリーを気にしてしまう。本気でやるならここにメスを入れなきゃいけないわけでさ。

@hershamboyz

カルト宗教と変わりがないんだよなぁ

米国では共和党支持者と民主党支持者の棲み分けは州単位からさらに細部にまで至っているとの研究。

米国では共和党支持者と民主党支持者の棲み分けは州単位からさらに細部にまで至っているとの研究。支持者は集住する傾向にあり、そのせいで居住地が政治的に均質化すると「有権者は自身の党派性を開示し、政治的メッセージを掲げた服を着て、庭に看板を掲げたり、ステッカーを貼る傾向を持つ。」

https://twitter.com/nytimes/status/1372299440690712580

@levinassien

そうなると、反対党の支持者は「ここは私が住むところではない」という疎外感を覚えて、自分と同じ政治的傾向の人たちが集住しているところに転居するようになる。そうやっていつの間にか党派別による地理的分断が加速する・・・という研究です。

@levinassien

そりゃそうやろ感ある。

そう考えると日本的な「他人と政治と野球の話はしない」スタイルの方が社会の分断抑制にはよかったのではないか? って感じはあるな。

バブルの頃の就職や仕事はほんとふざけてたからなあ。俺小学生から中学生だからよく覚えてる。見てたから...

バブルの頃の就職や仕事はほんとふざけてたからなあ。俺小学生から中学生だからよく覚えてる。見てたから。凄いバカでも一流企業の正社員になれてさ。宴会芸が大事だった。真面目に勉強する奴がイジメられた社会だったんだよ。根暗みたいな言葉が大流行でさ。あのノリの奴らが今色々決めてるんだ。

@May_Roma

当時、我が社はパッとして無かったので大学生が来てくれないと人事の人が困っていた。

専門学校卒で穴埋してこの世代がバブル世代と呼ばれている。

この次の高専からの入社組が優秀。

今や大卒ばかり。

@ZtA8QNUj46sWNVI

『男にいいところはあるのか?:文化はいかに男性を搾取して繁栄するか』

具体的には、「情報の蓄積と伝達」「分業、専門化」「交換、交易」といったことをより効率的に実現できる文化の方が、生産力を上げて集団の人口を増やしやすい。

また、文化が効率的であるいうことは、たとえば「集団の人口を増やす」という目的を達成するために、その集団の構成員をより効率的に利用・搾取する方法を編み出している、ということである。文化は集団を存続させることに貢献するものであるが、個々の構成員を幸福にするとは限らない。

そして、他の文化との競争に勝って現在まで生き残ってきたような文化は、生産や秩序や発明を効率的に達成するために、男性を搾取してきた。

そもそも、「集団の人口を増やす」という観点からすれば、女性は一人につき生涯で出産できる数に限りがあるために、女性の数は多ければ多いほどよい。一方で、一人あたりの男性の精子はほとんど尽きることがないから、多数の男性が必要ということはない。つまり、男性の生命は、女性の生命に比べて価値がないのだ。

この本のなかでよく引用されるのが、レズビアン女性でありながら一年弱のあいだ男性に扮して「男として生きるとはどういうことであるか」を体験した作家、ノラ・ヴィンセントによる Self-Made Man という著作だ*2。フェミニズムの考え方に影響されて「男として生きるということは、特権にあずかれてラクなことであるに違いない」と考えていたノラは、実際には「男性としての人生」は熾烈な競争にさらされており、誰かが世話したり構ってくれたりすることもなく、自分の存在価値を自分自身で証明しなければならないものであることを発見して衝撃を受けたのだ。

ジェンダーに関する議論は、フェミニズムのものにせよ「男性学」や「弱者男性論」のものにせよ、自身が性役割に苦しんでいたり性規範を不愉快に思っている人たちによって主導されることが多い。そのため、性規範や性役割のミクロなデメリットが強調されてそれらを解体する必要性が論じられることが多く、性規範や性役割が社会にもたらすマクロなメリットについては無視されてしまいがちだ。

一方で、バウマイスターの議論では、消耗品として文化から使い捨てられる「負け犬」男性たちに対する同情は強く感じられるものの、男性が「男らしさ」への渇望を捨てて社会から競争が失われたり、いざという時に自分を犠牲にして身近な人や社会を守ろうとする人がいなくなることについての懸念も強く示されている。性役割やジェンダー不平等の「罪」だけでなく「功」についても紙幅を割いているところが、文化進化論の枠組みを採用したこの本ならではのオリジナリティだと言えるだろう。

こういう謎の人権侵害ハラスメント系ルールって、一教員が始めてそいつが力の強い奴だと他の教員にまで強制し...

「体操服の下に肌着禁止」はマジなのよ…

さすがに呆れた保護者が正式に学校におかしいって要望を出したら(確か一昨年)、「本校としてそのような規則を設けた経緯はなく、指導を改めるよう全教員に周知徹底します」と返答があって、つまり一教員が個人的に始めたことだったという本当にあった怖い話…

@saltandpepppppp

こういう謎の人権侵害ハラスメント系ルールって、一教員が始めてそいつが力の強い奴だと他の教員にまで強制し始めて、おかしいと言い出せず結局全体に浸透して、しまいには児童同士で取り締まりみたいなのが始まるパターンではないかと。地獄。

@saltandpepppppp

仮に最初に「下着を着ないで体育着を着てる生徒が見たい」が動機で始まってたとしても、そいつが力の強い教員だと「正しいルール」として浸透してしまう危険性があると思う

@saltandpepppppp

飯をおごられ、それがなぜ高級であるかの理由がわかっているのなら、「売女」と呼ばれて...

飯をおごられ、それがなぜ高級であるかの理由がわかっているのなら、「売女」と呼ばれて怒る資格はないです。

@nabata_me

それ以上いけない

職質うけて免許証を照会されてる最中にいろいろきかれたので「それ答えないとダメ系のやつですか?なんの...

職質うけて免許証を照会されてる最中にいろいろきかれたので「それ答えないとダメ系のやつですか?なんのために聞くんですか?」と尋ねたら「間がもたないから」と言われて「じゃあそっちの話きかせてくださいよ。職質、成果あがってますか?」と話を聞く側に回ったことあるな… >RT

@iwa_jose

逆インタビューはしてみたいかも

白饅頭日誌:3月16日「俺たちはなぜ《ヤキ》が回るのか」

これまでに積み上げてきた人生経験によって思考がパターン化してしまい、未知のものへまず「不快感」から入ってしまうという人間のバグ。

これはパターン化した思考をしている人間ほど陥りやすく、20代ですでに老害ムーブを取る者だっている。

「かわいい人に(後略)」というnote記事を送られた女の批判的感想文

友人から送られてきたのは、「かわいい人にかわいいと言うのは、僕としては結構ありえない」というnoteの某記事だ。

友人は同じ女性として私に共感して欲しかったようなことを言っていたけれど、私は彼女の望むような反応を返すことができなかった。共感できない部分がいくつもあったからだ。それでも本音の感想を述べるとケンカになると思ったので言わなかった。

新しく作ったはてなのアカウントなら、友人や知り合いに知られずに書けると思ったので、自分の感想の吐き出し口として書いておきたい。でないと考えが整理できそうにないからだ。

記事の内容をほとんど否定することになるかもしれないが、決してこの記事の筆者の方を叩きたいわけではない。ただ、男の1人である筆者の方と、女の1人である私から見ると、感じるところがまったく異なることが興味深かった。

書かれていた話題をピックアップして、個人の偏見にもとづく個人の感想を書くことにする。

思ったより長くなったが、もしも読んでくれる人がいれば嬉しい。

・10代の頃の会話について

正直、10代の頃の最低さなんて、男女も地域も育ちも関係ないと思う。ただ男女の傾向の違いは、異性に対する欲求が性欲に向くか、排除欲求に向くかの違いだと個人的には考えている。

キモい男子への私の周囲の女子の扱いは本当にひどいものがあって、無視だけじゃなくモーゼの周囲の海水のごとく遠巻き、話しかけられたら半泣きになって後から睨み「キモすぎ」「消えろ」「○ね」と罵倒、横を通ると机をどけて拭き取るなんてことをしていた。考えてみれば、彼は何も悪さはしていないのに。私は当時の友人たちを止めなかったことを悔やんでいる。たぶん忘れられない。でも同級生の女の子はもう忘れているかもしれない。だけどあのキモい男子はきっと一生覚えている。あの頃、彼が首を吊らなくて良かったと心の底から思う。

性的なものがタブーだと言うなら、そういう価値観を否定はできない。ただ、人としての一線を越えた言動が繰り返されていた事例は女子の間でもあった。10代ってそういう、人として最低なことを平気でやる人間が結構いる年代なんじゃないか? それは絶対に改善されるべきことだし、大人がそれを教え導いてやらないといけないと思う。社会や思想、性別と絡めるのは、ちょっと違うような気がする。教育って難しい。

・大学のサークルについて

記事に書かれていた理系大学と家政科系大学のサークルというのは、これは言いたくないんだけれど、正直、学歴格差を察してしまう。理系大生(男子メイン)は金の卵。対して家政科系大生(女子メイン)は将来的にそれほど稼げるのはごく一部なのでは?

つまりそのサークルは、女の子が将来稼ぎそうかつ普段出会いがなさそうな男の子を見定めにきた場なんだよね。男はもちろん、普段会えない女の子を漁りにきた場。男女ともに異性漁りの場なんだと思う。

それで「女の子が男に見た目ばっかり褒められるの可哀想」ってのは何だかなあ。だって女の子も自分の女としての価値と相手の将来性を交換する取引に来てるんだから。女の子がつらいと言っていたら「君に向いているところじゃないみたいだね」とアドバイスするくらいでいい。女の子の方も、不愉快なら、あるいはいい男がいなければ帰ったらいい。小さい子供じゃないんだから。私は陰キャなので全然行かなかったし、行く機会もなかった。

女の子たちが筆者に好意的だったのは、うまく操縦できそうだからじゃないかな。その場にいたのは性欲しか頭にない男かもしれないけど、女はそういうところしたたかだから。たまにしたたかじゃない子がいて、男選びに失敗してるけど。

・痴漢の件、ぶつかりおじさんの件

痴漢は犯罪だし、ぶつかるのも怪我させたら傷害罪だし、許せない。被害者は気の毒だし、犯罪者は1秒でも早く法の裁きを受けてほしい。

ただ、この話題にはあんまり関係ないような気がする。だって相手は犯罪者なんだから。女に対してどう思っているか、じゃなくて、犯罪を犯すかどうかの方が大きな分岐点だと思う。外国人を嫌っていてもいいけど(良くはないけど感情は変えられない)、外国人に暴力振るうのはダメでしょ。海外で反日デモとかあっても、「日本人のことは嫌いでいいけど、暴力は振るわないで下さい」って思うのが本音なので。

・TikTokについて

性的なコメントはやめてくれと本人が言ってるのにやめないのは非常に品がない。モラルに反するし、悪質なのは運営からブロックした方がいい。

でも、女の子じゃなければ素人のダンスなんて再生すらされないと思う。記事の筆者自身も図らずもそれを証明している(若い女性の動画が流れてくることが多い、見ていると楽しいとのこと)。私も同レベルのダンスを見るなら、女の子の方が見てて華があって良い、自分の少女期を思い出して楽しいと思うんじゃないかな。男子パフォーマーには申し訳ないけど。

男はセクハラを受けないですむけど興味を持たれない。女はセクハラを受けるけど興味を持たれる機会がある。現代社会において、興味を持たれるってのはものすごい社会的アドバンテージだと思う。Vtuberが女子多数の時点でわかる。

10代になったら、もう、自分の持っているもの、持っていないものを理解する年齢なんじゃないかな。男子高校生が「女のダンスばっかり再生される」ってぐちぐち言うのを想像したら、はっきり言ってみっともない。それと同じ。

・女の人生について

別に女が「おいお前!」「待てよ!」って言っててもいいと思います。矯正施設に入れられるわけじゃないんだから、好きにすればいいじゃないか。文句を言われても変えなければいい。私もあんまり上品でない地域柄のせいか、そういう感じで生きてきた。目上には敬語を使うけれど、それは男女関係ない。

ただそれを周囲の人が好きになるかは別問題だと思う。男が「おい、お前」って言う女を好きになる義務はないし、女が「ねえ、あなた」って言う男を好きになる義務もない。私も、男が「ねえ、あなた」って言ってきたら困惑するし、好きになる要素にはならないと思う。

私はあんまり女らしくないスタンスできたせいか、男に告白されたことがない。男にも私にも人格があって好みがあるんだから、文句を言う気もない(私の外見の話は今はしないでもらえるととてもありがたい)。

ある人間のスタンスを好きにならなかったり、他のもっと楽な生き方をお勧めしてきたりする周囲の人間が悪いような言い方をするのは、責任転嫁ではないかな。周囲はそれがいいし楽だと思ってその人に勧めてるんだから。そしてたぶん本当に楽。右利きの方が基本的に楽なのと同じ。

なのに、どうして「社会に(「おいお前」口調の女の子が)殺されちゃう」と悪のように言い切れるんだろう。自分の価値観は自分の価値観、自分のスタンスは自分のスタンスでしかない。どうして他人から無条件に尊重される前提なのかわからない。

私が「他人と話すの苦痛だから基本的に口開きたくない。でも仲間に入れて、情報や楽しみは共有してくれ」って同性の女性の集団に言ったら、仲間として迎え入れてもらえるのか? 無理では? という話。私は陰キャすぎて女の子の集団ともうまくやれない時期もあったので、よくわかる。当たり前のことだ。

口調や外見が普通と違っても楽しく生きていくためには、好かれたり仕事で大事にされたりするような人間になればいいんじゃないかな。例えば芸能人のキャラなんかってそうやって作っていくんだと思っている。台湾のオードリー・タン氏の性別(私も実はよく知らない)なんて、有能すぎて誰も気にしない。

そうなれない人間はそこまで。もちろん私もそうなれない側。

メイクも、結婚も、子供を持つのも、全部上記と同じ。この自由な社会では自分の人生は自分で決めるものだと思っていたけど、もしかすると私の認識が間違っていたのかな? 自由って難しいんですね。

主体性を持つしか生きる道はないと思う。周囲に合わせて楽になるために自分を変えたい、でも今までのスタンスを変えるのはつらい、って、いい歳してそんな10代みたいな悩み持ってる女、そんなよくいるのかな。自分の過去の選択が理由なら、自力で後始末をしないといけないっていうことなんて、小学生で身につけるのでは。

失礼ながら、この記事の筆者が無意識に女の頭が悪いと思っておられるのか、私が女を(ひいてはもしかすると自分を)買いかぶっているのか、どちらだろうかと思う。前者であると考えると残念だしそう考えたくないけれども、後者だったら嫌だな。

大変申し訳ないのだけれど、例の記事は、女に同情するふりをして、実際は女は人生も自分で決められないような存在だと哀れみながら書かれたんじゃないか? とすら邪推してしまった。私は他人の善意を信じるのが好きなので、そんな悪意はないと思いたい。

・男女が求めるものについて

あんまり言いたくはないけれど、女が男に対していろんなパラメータを持ってるっていうのは否定的にならざるを得ないのが本音。女が男を愛するには、多くの場合、外見(体型、雰囲気含む)・金(安定性、信頼性含む)・才能(金になりうる)のどれかは必要だというのが持論。これが前提になってはじめてその他の要素の評価に入ると思ってる。偏見で申し訳ないが、そうじゃないと大多数の女は男を好きになれないんじゃないかな。

だって「自分の世界を持っている」男を好きになるって、じゃあ鉄道マニアやアニメオタクがモテてるのか、と。私は好きじゃないし、実際の傾向としてモテないはず。だからこそオタク婚活とかあるのでは? バンドマン婚活とかバーテン婚活とかより、オタク婚活の方がたくさん検索でヒットする。なぜならオタクよりも、バンドマンやバーテンの方がモテて勝手に結婚できるからだ、と私は考える。特にバンドはオタク趣味と同様に趣味かもしれない。それでもオタクよりモテるのだ。つまり、自分の世界を持っているという理由がモテる理由になりうるとは考えにくい。

もしガチオタがモテるんだったら、これは私が完全に間違っている。謝るしかない。むしろ先んじて謝っておく。申し訳ない。

あと、男が「若い」を見てるのだとしたら、男がめちゃ愚かで女にはお得なのでは? だって、美人に生まれなくてもスタイルが悪くても、若いときは誰でもあったはず。もちろん私にも。

・メイクについて

私、「私かわいいじゃん」って鏡の前で上がったことないです。「こういうのが世間では良いのかな?」と思って、ちゃんとした人間に擬態している。成人式の前撮りのとき、プロに綺麗にメイクしてもらうと親は喜んでくれて、肌が綺麗に見えるのは良いなと思ったけど、それだけ。ヒゲ剃って「俺イケてる〜」と思う男がどのくらいいるのかって思う。男の多くは私と同じようなものかな? と勝手に想像している。社会生活を営むってそういうものでは。

まあでも女の方がコストが高いのはあるかもしれない。本当に際限がないから。

ただ、女はコストかける方が総合的に見てお得といえばお得だけどね。

稼げない女は許されるけど、稼げない男は許されない。結婚相談所の入会条件や婚活パーティの参加条件を見ればわかる。男は定職についている者のみでも女は成人ならばオッケーだったり、男の方が参加費が高かったりする。でもこれを平等にするべきとは別に思わない。ただ男女で異性に求めるものが違うだけ。個人の好みや性癖にまで文句は言えない。

女には、必死で働かなくても、世間にウケのいい姿になることにコストをかけて、最終的に稼ぐ男を捕まえるという手法がある。高校時代の気の強いしっかり者の同級生を思い出す。彼女はお金持ちで育ちのいい男を捕まえるために偏差値の高い私立大に行きたいと公言していた。ちょっと昔の結婚って、女が外でバリバリ働くものじゃなかったから、必然的にそうなっていたんだと思う。

現代は時代が変わったから、女としての自分にコストをかけたくない女がいたとして、かけなければいい。ただそうすると女として得られる利益は失うだけ。私も女としてのコストを削ってる分、利益はあんまりもらっていない。それで文句を言うのは道理が通らない。


自分の望む通りに他人から愛されたり放っておかれたりするのは、当たり前の権利じゃない。

自分が求められるままに他人を愛したり放っておいたりする義務もないのだから。

だから私たちは、いちいち自力で1つずつ他者と要求をすり合わせていくしかないのだと思う。


まあこれから時代はもっともっと変わるのかもしれない。より清く正しく便利に。

その時代が、女にとって、男にとって、人間にとって生きやすいかどうかは、私にはわからない。

「なんとなく気に入らなければ差別主義者」論法ばっかりやってるから、どんどん批判には説得力がなくなるし...

「なんとなく気に入らなければ差別主義者」論法ばっかりやってるから、どんどん批判には説得力がなくなるし説得力も失っていく。ちゃんとやれよって話ですよね。

@syakkin_dama

被害者ビジネスは容易に朝田理論化するし、そうなれば当たり屋や総会屋の類になってしまう。結果、本来の意義や理念など忘れ去られてしまうことになる。

差別的世界の歩き方

人間は自分が「正しい側」だと信じたい生き物

お肌の白い人たち、自分たちは好き勝手に世界中荒らし回って簒奪しまくって築いた富で近代化完了...

お肌の白い人たち、自分たちは好き勝手に世界中荒らし回って簒奪しまくって築いた富で近代化完了しておいて、後入りには倫理ハードル爆ageして責めるの、どう考えても意識高いんじゃなくて卑怯なだけなんだよな

@tomatoandgarlic

それなぁ

そんなに自分に自信があって、自分が考えるところの自分以下の知恵を聞くとイラついちゃう性格だと自己分析...

そんなに自分に自信があって、自分が考えるところの自分以下の知恵を聞くとイラついちゃう性格だと自己分析できているはずなのに、自分より高い知恵をくれるであろう相談相手を選ぶ知恵はないのはなぜだろうか?

ただ共感してほしいときに、男性が問題解決を志向した返事をすると女性はムッとする、って微妙に違う。

指摘や提案が、とっくに考えてダメだから捨てたことだったり、実態も知らないのに上から目線だからですよ。

本当にいい指摘なら聞く耳持ちます。

常に問題解決できるって自信があるのが不思議。

@mental_sp_roumu

@YS_GPCR

やめて差し上げろ

人助けをする場合は、「人は、全く手を差し伸べない人よりも、差し伸べた手が不十分である人に対して怒り...

人助けをする場合は、「人は、全く手を差し伸べない人よりも、差し伸べた手が不十分である人に対して怒りを向ける」ということはよくよく覚悟しないといけない。

@take___five

ただ、「だから人助けなんてするな」という話ではなく、「人助けをするならそれなりの覚悟をもってやらなければならない」ということ。軽い気持ちでやると、予想外の反応にお互いが嫌な思いをしてしまうから。だから、人助けは「広く浅く」よりも「狭く深く」の方がいいと思う。

@take___five

半端な同情は受ける側も迷惑というのはある

男女の友情とチンコポロン問題につきまして

予言しますが、これからは自ら「大人になれ」と呼びかけるようなオタクが登場します。貧しくなれば自分の殻に...

予言しますが、これからは自ら「大人になれ」と呼びかけるようなオタクが登場します。貧しくなれば自分の殻に閉じ籠もる余裕はなくなり、過去に対する清算と反動が来る。

ちょうどアメリカ化に失敗して反動が来たロシアと似た感じ。

@Khovtoliv

ロシアを参考にすると、アニメは見つつしっかり結婚&労働し、中庸の幸せを愛する真人間オタクになりそう。

平成の流行である個性属性、個人の幸せ重視は持続可能性がないのだよな。反出生主義もあり少子化で自滅するだけ。その前に反動が来る。

@Khovtoliv

昭和末期〜平成的なものからの脱却みたいな流れは起きそうな気はする(総ホワイトカラーの流れの終了、農業・工業への回帰みたいな)。

ペテン野郎を基本的に人間は好いてしまうのであり、そうした傾向を加速させるものとしてフェミや...

>フェミニストやリベラルを自認する女性ほど、ペテン野郎を見抜けない傾向

ペテン野郎を基本的に人間は好いてしまうのであり、そうした傾向を加速させるものとしてフェミやリベラルを位置付けるのが正しいのではないか

@ponatky

自分をチヤホヤしてくれて甘えさせてくれる人物・コミュニティに女性は弱いという印象はある。

チャンスがあれば自我を手放そうとしているイメージ。

ツイッター上で勇ましそうな人ほど「誰に入れても同じ」とか「今の野党よりまし」とか「変わらないから...

ツイッター上で勇ましそうな人ほど「誰に入れても同じ」とか「今の野党よりまし」とか「変わらないから入れない方がまし」と言うけども、結局、選挙なんて政権ガチャにすぎないんだからハズレを引くことのほうが多いのに、ハズレを甘受する強さすら持てない、実は弱さの裏返しなんじゃないかと思います

@MyoyoShinnyo

そこで挙げている3つの意見はどれもスタンスが明確に違うと思うのだが、まとめて一緒にしてしまう辺りの解像度の低さはどうなのだろうか

「ネトウヨ」はどう見ても非難的な言葉であり、元の言葉も「ネット右翼」なので、元の意味合いもちゃんと...

「ネトウヨ」はどう見ても非難的な言葉であり、元の言葉も「ネット右翼」なので、元の意味合いもちゃんとある。

一方で「リベラル」は、一見、通常の言葉に見えるが、実際の使われ方は非難的で、しかも元の「リベラル」とはまったく無関係に使われている。

@T_akagi

故に「リベラル」という言葉を注釈無しに使う人の論理はアテにできない。

@T_akagi

どう考えてもネオリベが「リベラルガー」とかやっている

@T_akagi

つか「表現の自由を守る」とか言っているヤツが「リベラルガー」ってやってるのなんて、本当に意味が分からない。 自由を守るならリベラルだろ。

@T_akagi

「非難的な言葉」というよりストレートに罵倒語・蔑称として運用されているのだが。

それはさておき、リベラルが「非難的」な響きを持つように思えるならそれはシンプルにリベラリズムが信頼を失ったというだけの話で、そこに負け惜しみを言っても仕方がないのでは。

フェミニストもそうだが、まず身内同士で議論を深めたり批判し合ったりするべきだと思うのだ。

白饅頭日誌:3月13日「恋愛工学2.0(笑)」

――結論を単刀直入に言えば、「かわいい人にかわいいと言うのは、僕としては結構ありえない」という清くただしいメッセージを伝えているはずの長文の至るところから、うかつにも筆者の勃起した陰茎がはみ出てしまっているからである。5%の確率で性器を露出するドラえもんである。

女性の味方ついでに非モテ男性にマウントを取るのは、僕としては結構ありえない。

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学生時代のバイト先に8つほど年上のお兄さんがいた。大学卒業後、しばらくフリーターをしていたその人は、すらっとした長身と全身に漂う優しい雰囲気でバイト仲間からも人気と信頼を集めていたように思う。面倒見がよく、バイト先の飲み会などでも新人が入ってくるたびに真っ先に声をかけ、困ったことがあったらいつでもなんでも聞いてねと言っていた。

関東の田舎から上京し一人暮らしを始めたばかりの女だった私もその新人で、東京は怖い人ばかりだと周りにさんざん脅されていたので、無理にビール飲まなくてもいいからね、怖い先輩がいたら俺に言ってね、と冗談半分のような口調で何度も言ってくれるそのお兄さんが聖人のように見えた。

でも、一緒に半年ほど働くにつれ、なんかこの人ヤバくはないか…?とだんだん違和感を覚えるようになった。

一番の原因は、バイト先にいたOくんという男の子に対するその人の態度だ。私と同い年で、私より少し先にバイトを始めたOくんは軽い身体障害があったのだが、特に仕事は問題なくこなしていて勤務態度もよかった。

ただ、Oくんはちょっと変わったところがあって、シフトが被るとすごく大声で「今日はよろしくお願いします!」と言ってきたり、バックヤードで急に「彼女がほしい!」と叫んだりするから、彼のそういう言動を密かにバカにするような人もバイト先にはいた。

一度バイトの上がり時間がかぶって一緒に帰った時に、「自分は障害のせいでなかなか友達ができなかったからコミュニケーション能力が低いのを許して欲しい」とOくんに言われたことがあって、私はOくんに嫌な印象は抱いていなかった。

あるとき、実は、そのOくんをバカにする輪の中心にいるのは例のお兄さんだと気づいた。

当時のバイト先のグループLINE(Oくんは入っていなかった)を見返すと、Oくんを直接的に罵倒したり「キモい」「怖い」「友達いないのかな?」などと言っている人もいる一方で、そのお兄さんはそんなことは一切言っていない。

けど、「そういえばOくん、きょうずっと襟立ってたね。笑」「Oくん誘ってもいいけど来てくれなさそうだよね!笑」などと確実にイジメを煽っているというか、自分は何にも加担していませんよというふりをしつつ、実際はOくんをバカにする空気を確実に後押しして加速させている感じがした。


悪質だなと思って以来、そのお兄さんの言動に注意するようになったら、彼はどんなときもそういう風に「一見自分は悪くないように」見せ、「優しい言葉遣いで」周りを掌握しているのが分かってきた。

バイト先の朝会で、挨拶を思い切り噛んだメンバーがいると「おはようございましゅ!って!笑」とそれを繰り返して周りを笑わせたあと、本人に小さい声で「ごめんね、冗談だから。今日もがんばろうね」みたいなことを言っていた。

言われた側は、みんなの前で恥をかかされたとはいえそのあとにコッソリと謝られ、激励までされているから嫌な気はしていないようだった。

私は一度、メイクを少し頑張ってバイトに行ったら、彼に「目の上腫れてない?」「なんかキャラぶれてない?」と散々みんなの前でいじられたあと、「いつもと違うな〜って思っただけだから。ごめんね!笑」とにっこり言われた。

つまり、大勢の前で相手をぎりぎり怒らせない手前くらいまでネタにしたあと、一対一になったタイミングで「冗談だよ。そのくらいあなたをよく見てるってことだよ」とフォローするのが彼のやり口なのだ、と分かってきた。

私はメイクの件で普通に不快だったのだが、周りからは「男の人がそんなにメイク見てるなんてすごいことだよ」「好かれてるんじゃないの?」と言われてしまうのでずっとモヤモヤしていた。


私が知る限りでは、彼はバイト先の人たちからよくモテていたと思う。清潔感のあるルックスだし、人の話をよく聞くし、カラオケも上手く、ギターも上手いらしかったから。

でも、よくよく見ていると、彼はたしかに人の話をよく聞くしツッコミを入れたりするのも上手いのだが、そのすべてが絶妙に失礼というか、OKと言っていないのにパーソナルスペースにグイグイ入ってくるような不躾さがあるのだ。

たとえば、飲み会でトイレから帰ってくると、すごく自然に私のマフラーを巻いて私がいた席に座っていたりする。最初は私も好かれているのか?と思ったのだが、そういうことを彼は誰にでもしていて、決まって「嫌だったら言ってね?」みたいなことをにっこり言うのだ。

こちらの不快さを表明する前にすべて先回りして「ごめんね」とか「嫌なら言って」と言われてしまうと、嫌だとか失礼だとか言えなくなる。彼はいつでもそうやって人の懐に入ってきて、だんだんと自分の領域を広げていって、いつの間にか人の上に立ってしまうような人だった。すごく悪質だ、と思った。

けど、そんな彼が人気者でいられた期間は呆気なく終わった。バイト先の女性たちが女子会をした際に、「彼と何人かのメンバーで宅飲みをしたとき、寝ている時に彼が抱きついてきた」「他の人が買い出しに行ってるときに彼に求められてセックスをした」というような話がわんさか出てきて、要は彼がバイト先のほとんどの女性に手を出しまくっていたことが分かったのだった。

バイト先には綺麗な人たちが多くて、田舎者でちんちくりんな私は一切彼から手出しはされなかった。けど、彼がいつも「女の子はメイクとか服とか求められることが多くて大変だよね」と周りの女性たちに同情のような態度を見せていたのを思い出すたびにはらわたが煮え繰り返りそうになる。

彼はいつも一見優しい言葉で人に近寄って、共感するふりを見せるけど、結局はいつも自分の話や自分が有利になる主張に持っていかないと気が済まないマッチョな人だった。それを自分で気づいているんだか気づいていないんだか分からないところがまた怖かった。

なんでこんなことをいま書いたかと言うと、はてブを見ていてたまたま見つけたバズっているエッセイの著者が彼だったからだ。すっごく白々しい気持ちになった。自分のしたこととか言ってきたことを一切無視してこんなこと書けるんだなと尊敬の気すら湧きそうになった。人を騙す人って本当に巧妙なんだなと思う。

「男性はメシたくさん食うから食費が多くかかるというけど俺はそんな食費かかってない」

「男性はメシたくさん食うから食費が多くかかるというけど俺はそんな食費かかってない」

「女性は生理で鎮痛剤やピルや生理用品に金がかかると言うけど私はめっちゃ軽いしドラッグストアの一番安いナプキンだけで十分」

@hideyosino

女性は生理用品に金がかかるよ

女性は生理用品に金がかかるよ

でも男性も身体が大きく基礎代謝が高い分食費がかかるよ

『食費は工夫で削れるし何なら食うなよ』

なら女もボロ雑巾でも詰めてろ

まで

4手詰めですありがとうございました。

@hideyosino

それ以上いけない

白饅頭日誌:3月12日「教養という名の深宇宙」

どう考えても精神衛生の観点からTwitterとの距離を少しとった方がいい人はしばしば見かけるが、既に...

どう考えても精神衛生の観点からTwitterとの距離を少しとった方がいい人はしばしば見かけるが、既に背骨が衰えて、Twitterを通じての挨拶ややり取りで辛うじて精神の外形を保っているだけかも知れず、崩落してしまうのかも知れない。

@osaka_seventeen

Twitterのエコーチャンバーの中にいないと「社会」と接点を持てない人々はいるのだ

フェミニスト以外の人とそうでない人が考える「強さ」は、たぶん違う。フェミニストはとにかく「怒る」ことが...

フェミニスト以外の人とそうでない人が考える「強さ」は、たぶん違う。フェミニストはとにかく「怒る」ことが強さの証と考えてる。だから「弱い女性」の怒りを肯定して「強い男性」の怒りを否定する。けどさ、そもそも冷静沈着に根拠を以て議論できる人の方が「強い」と思わない?え、これ私だけかな。

@yuki_birth

メンタルや認知的なものが小学生・中学生で停滞しているのは問題だと思う

カズオ・イシグロのインタビューがイマイチピンと来ないリベラルへおススメの補助線とアドバイス

「新型コロナ」は幻想である

これはひどい

やっぱ腐女子兼フェミってあんまもの考えてないんだなって改めてわかった..

やっぱ腐女子兼フェミってあんまもの考えてないんだなって改めてわかったわ。

商業BLの多くは、表紙から「男性同士の恋愛ものなんだな」と察することができる程度だけど、裸で汗かいて絡み合っている表紙のものが普通の書店に平積みで置かれていることもある。

それが宇崎ちゃんとどう違うのかと聞かれたら、答えられない。

宇崎ちゃん、単におっぱいがデカくて表情が挑発的なだけで、作中ではハプニングで乳に触っちゃったりするシーンはあるけど、能動的な行為としてはキスすらしてないんだけど。ていうか、ニコニコ静画で読める最新の話を見てきた限りでは、まだ付き合ってないし。あの二人(あれ、恋心はもう自覚したってことでいいんだっけ?)。

それと裸で絡み合うBLとの違いが答えられないというならお前の頭おかしすぎますわ。

自分を庇いたい気持ちがあるから言い訳するけど、私は男性の人権を踏みにじる二次創作はしていないつもりだ。

原作で妻や恋人のいないキャラクターしか二次創作しないという個人的なラインを守っている。

えーっと、仮に「人権」の話をするなら、そもそも他人が勝手にその人の恋愛やセクシュアリティを妄想してあれこれ書くこと自体が人権侵害なんだけど(異性間だろうが同性間だろうが)。お前の人権概念どうなってんの?

もちろん、創作されたキャラクターに人権なんてあるわけないんだから、原作で妻子がいるキャラクターでも好きなだけ男とセックスさせればいいんだけどさぁ(原作で貞淑な乙女がビッチ化するエロ同人と一緒だよね)、仮にキャラクターの人権を重視するんならそもそも人権のある存在を対象にした二次創作なんてしてるんじゃねーよ。人権は「お前にとって都合の良いライン」のことじゃないんです。

追記

anond:20210307104856

横だけど

単におっぱいがデカくて表情が挑発的なだけで

は裸で絡み合う男と同程度にエロいもんだと思うけど。

挑発的ってのは「性的に誘ってる」って意味じゃなくて「ガキの喧嘩みたいなノリで煽ってくる」「ウザ絡みしてくる」って意味な。ポスターの台詞も「注射が怖いんすか~?」だったけど、どう考えても性的な意味での挑発ではないよね。あれを性的な意味での挑発だと読解する人は認知が歪みすぎてるだろ。

anond:20210307110321

原作で貞淑な乙女がビッチ化するエロ同人と一緒だよね

いいえ、違います

ただし、原作に敬意を払わないという点ではセクシャルに言及があるキャラのセクシャルを変えるのと同じです

意味わかんないよ。同じじゃん……

「どっちも原作を蹂躙していてクソ」という意見ならともかく、「女キャラがビッチ化する二次創作と男キャラがゲイ化する二次創作は違う!」と言われても、知らんがな、同じやろ、以外に言えないわ。

腐女子でフェミニスト

腐女子でフェミニストになるの難しくない?と思っている。


20年来の腐女子で、日常的に男同士の恋愛二次創作でにこにこしているんだが、それは趣味の話で、現実では当然仕事をしてお金を稼いでいる。

その中でどうしても、男性社員による扱いや、同じ仕事をしていても出世の道が遠いことに女性差別を感じたり、職場じゃなくても痴漢にあったり、「女性の地位向上を!」「性的搾取をやめろ!」と叫びたくなる場面がある。

わざわざ表立って活動をするほどの勇気はないものの、女性の権利を守る署名には積極的に参加してきたり、二次創作に関係のない意見を呟けるアカウントを作って呟いたりしてきた。


その中で、宇崎ちゃんの炎上を見て、初めは意見を呟いていたが、徐々にブーメランになって返ってくる気がしてきた。

言われたわけではないが、男オタクに「お前が普段読んだり描いたりしている二次創作も男性の性的搾取だろ」と言われるんじゃないかと思えてきた。

商業BLの多くは、表紙から「男性同士の恋愛ものなんだな」と察することができる程度だけど、裸で汗かいて絡み合っている表紙のものが普通の書店に平積みで置かれていることもある。

それが宇崎ちゃんとどう違うのかと聞かれたら、答えられない。

女オタクは比較的ゾーニングできていると反論できるかもしれないが、実際女オタクだってR-18二次創作をTwitterのオープンなアカウントで載せている。

その検索しやすさのおかげでエロ絵を簡単に探せている。私が実際に恩恵を受けている。

絶対に隠れようという雰囲気のある界隈もあるが、女オタクは自浄作用があると胸を張って言えるレベルではない。

正直割合で言えば男オタクのエロ絵の方がなんの抵抗もなく載せられていると思うが、割合多いからなんなんだという話で。目くそ鼻くそだ。

ぎょっとするのは私が慣れていないから、不快感があるからで、多分男オタクから見たら男性キャラのエロ絵は同じようにぎょっとするものなんだろう。

隠れるのやめませんか?オタクは恥ずかしくない!BLは腐ってない!と言い出す人たちは当然隠れていない。


ATSUGIのタイツの炎上の時は、気持ち悪いと思ったけど、もう意見は書かずに勝手に買わないだけにした。

私のフェミニストアカウントはフォロー200フォロワー10程度で、炎上したり「棚に上げてる腐ェミさん」と晒されたりするような存在ではないけど、自分たちは加害してないと思い込んでいるように見えるだろうなと急に客観視してしまい、呟けなくなってしまった。

BL無罪とまでは思っていないけど、そう見えるかもしれない。

私のしていることが加害なら、自分のしている加害だけ悪くないと言っていることになるのか。

自分を庇いたい気持ちがあるから言い訳するけど、私は男性の人権を踏みにじる二次創作はしていないつもりだ。

原作で妻や恋人のいないキャラクターしか二次創作しないという個人的なラインを守っている。

描く分にはエロもない。

でもそれは個人的なラインだし、「男性は男友達と仲良くするとこんな目で見られるんだね」と言われたら、言い返せない。

いや、現実ではそんな目で見ないから言い返せるんだけど、二次元でやってることを三次元でやらない保証はあるのかと聞かれたら、ない。


だから、腐女子とフェミニスト兼任してる人は、どういうスタンスなのかが気になる。

自分の中で矛盾していると感じているのか、それとも感じていないのだろうか。

色々書いたがやっぱり私は宇崎ちゃんのあのポスターはどうかと思うし、ATSUGIのタイツも気持ち悪いと思う。感情ではそうだ。

それを自分の行為と矛盾せずにどう表明したらいいのかわからない。


追記

沢山の反応ありがとうございます。

全部目を通して今一度自分の考えを整理します。

イシグロ氏の発言について、ある左翼かつリベラルから見た感想(続き)

前半はこちら↓

https://anond.hatelabo.jp/20210306213555

結局のところ、このイシグロ氏のインタビューの浅さ、つまらなさは、インテリ向けの文学芸術業界という自分の属する世界を世界全体であるかのように錯覚して語っているところにある。

その上で、あくまでもそういうインテリ業界や文学芸術業界への提言、また自戒としてイシグロ氏の発言を読むなら、部分的に同意できないこともない。イシグロ氏は「リベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術も必要です」と言う。必要かどうかはわからないが、非リベラルの人が思想や感情を表現した芸術があってもいいというのはその通りだろう。リベラルの原則からしても、非リベラルの人の表現の自由を制限するのは筋が通らない。ただしその表現を批判する自由もあり、表現する以上は批判を受けるリスクは負うべきだというだけだ。

しかしここでもやはりイシグロ氏との現状認識の断絶は感じる。イシグロ氏から見ると世界はリベラルが作った芸術ばかりらしいが、少なくとも私は日本に生まれ育って、「リベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術」の方を圧倒的に多く目にしてきたと思う。そもそもポリティカルコレクトネスなどが日本で多少とも意識され始めたのはごく最近のことであり、それ以前の言論にせよ芸術にせよ、今の視点で見れば差別と偏見にあふれているものが普通だ。

たとえばイシグロ氏と同じくノーベル文学賞を受賞した川端康成という作家がいて、日本ではいまだに高く評価され、小さな書店にも文庫本の数冊くらいは置いてあるだろう。私も過去にいくつも作品を読んできたが、同時に忘れられない言葉がある。ある時私の母親が言った「若い時に川端康成を読んで、女は芸者しか出てこんのかと思った、芸者にならにゃいけんのかと思った」というものだ。私は芸者という職業は否定しないが、ここで問題なのは芸者の側ではなく、女性を極度に美化しつつあくまでも鑑賞される客体として描きがちだった川端康成の視線の方である。現在の目で見て、こういう川端康成の視線が女性蔑視的要素を含まないということは難しい。

また私は十代の頃に太宰治を読み、貧しく教育のない芸妓を買い取るようにして妻にした挙げ句、その妻が他の男と寝ていたというので絶望し、何やら自分が裏切られたかのように荒れている主人公(これは作者自身の体験に基づく)の思考回路がよくわからないと感じたことがある。しかし当時の私はまだ、そんなものはわからなくていいと突き放すことができなかった。そこであれこれ想像力を駆使しつつ、そういう「苦悩」に何とか共感できないかと努めた記憶がある。ずいぶんと「理解しがたい他者」に耳を傾けようとしたものだ。その後フェミニストの批評に触れたりする中で、共感できなくて当然だったといつしか思うようになったが。『男流文学論』や『妊娠小説』を笑いつつ興奮しつつ読んだ日を思い出す。

私の世代には、そういうフェミニスト批評のように、また女性自身による新しい表現のように、男性作家の視点を相対化してくれるだけの「他者の声」が辛うじてあった。その他の多様なマイノリティの視点から作られる芸術も探せばそれなりにあった。しかし古典とされるようなものは言うまでもなく、世間で人気のあるもの、話題になっているものは多くがリベラルでも何でもなく、機械的に「差別語」を排除したりする他はポリティカルコレクトネスにも多様性にも無配慮なのが普通だった。それにもかかわらず、「逆差別」だの「自虐史観」だのとリベラル側の価値観を攻撃する言説は早々と巷にあふれていた。私は左翼だが、小林よしのりの作品をいくつか読んだことがある。周りで流行っていたからだ。小林よしのりは「じいちゃんの死は無駄だったというのか」といったまさに感情に訴える手法で保守派の戦争観を広め、当時の若い世代にかなり影響を与えた。

イシグロ氏の周りはどうなのか知らないが(と皮肉を込めて言うが)、日本の書店というのはいまだに「嫌韓本」が山積みにされたり、保守論客の歴史本がベストセラーになったりしている。イシグロ氏の小説を読むようなインテリ層の一部はそれに眉をひそめるかもしれないが、現実として、日本にはずっと「リベラル以外の人」の表現があふれ、どこにでもいる「リベラル以外の人」がそれをのびのびと享受している。「ストーリーを語ることはリベラル側の専売特許」である社会などいったいどこにあるのだろうか。私は見た覚えがない。

「小説であれ、大衆向けのエンタメであれ、もっとオープンになってリベラルや進歩的な考えを持つ人たち以外の声も取り上げていかなければいけないと思います。」そう思うのかもしれない。「私は人生の大半を進歩自由主義的な考えのもとで心地よく過ごしてきた」と言えてしまうような人は。この言葉が移民であり民族的マイノリティであるイシグロ氏の口から語られることは、イギリス社会の成熟を示すものでもあるだろう。

しかしあいにく、私の住んでいる世界はイシグロ氏の世界とは違う。イシグロ氏の世界にしても、単にイシグロ氏に見えていないだけで、リベラル的価値観の過剰ではなくその不足に苦しんでいる人がまだたくさんいるだろうと私は思う。私はリベラルとして非リベラルの発言権を奪えとは言わないし、またその声に耳を傾ける人がいてもいいと思うが、私が日本社会でより多く耳を傾けたい声は、やはり非リベラル的社会が長らく抑圧してきた、今も抑圧している声の方である。

ところで、私は川端康成や太宰治の作品に差別的な要素があると言ったが、かれらの本を絶版にしろとも、教材に入れるなとも、子どもに読ませるなとも思わない。差別的要素があるからといって作品全体が否定されるべきだとも思わない。私は川端康成の文章の美しさも、太宰治の小説の面白さも理解することができる。それに価値がないとは言わない。

「キャンセルカルチャー」という言葉が指す状況を私は詳しく知っているわけではないが、作者がある場面で「政治的に正しくない」言動をしたからといってその作品を全否定したり、市場から完全に追放したりすることは私は支持しない。差別思想の公的な表明は批判されるべきだが、芸術表現を直接的に規制したり、作品を抹消したりすることは慎重であるべきだと思っている。

この点はおそらくイシグロ氏の考えと私の考えは近いだろう。芸術を総体として愛するならば、自分の嫌いな作品、理解しがたい作品が生まれてくる可能性も含めて愛さなければならない。私は現在の視点で川端康成や太宰治の表現の一部に批判をもっているが、その批判を表明する方法は作品を焼いたり隠したりすることでは決してなく、批評や新たな作品で相対化していくこと、注釈を書き加えていくことだと思っている。

ただし同時に、かれらの作品にも行動にも現在から見て許しがたい要素があること、それは当時には自覚も変更も難しかったかもしれないが、今後の社会に引き継ぐべきではないこと、そこを否認するつもりもない。作品は消さないが、今後も読まれ続けるのなら、そういう観点からの批判も作品自体と同じくらいに読まれ、語られるべきだと思う。もし川端康成を教室で読むのであれば、教師にはその美しさだけでなく、その女性の描き方が一方的であったり一面的であったりすること、フェミニズムを通過した視点でどう見えるかというようなことにも学生の注意を促してほしいと思う。これが過剰な要求であるとは私は思わない。

最後に、イシグロ氏が述べている「感情」というものについて少し違う角度から見ておきたい。最初に書いたように、私は政策決定などにおいて事実や科学的根拠より感情が優先されるような事態は望まない。この点ではイシグロ氏に同意する。

しかし人間の感情というものが社会のあらゆる場面で抑えられるべきとも、それが可能とも思えない。イシグロ氏の主張を大きくまとめると、現在の世界(実際はイシグロ氏の属するインテリ業界)はリベラル側の感情を優先しすぎるものになっているので、感情優先を抑えると同時に非リベラルにももっと発言の場を与えるべきだ、と読める。私はこれには同意できない。

まず現状認識が違い、芸術の世界がリベラルに席巻されているようには到底見えない、というのが上に書いたことだが、それとはまた別に、文学や芸術の世界でまで政策議論の場合のように感情を排除する必要はないだろうと思う。イシグロ氏は小説家として、感情を重視する文学がトランプ支持のような不合理に加担した可能性を反省しているのかもしれない。しかし思うに、それはそれで文学の買いかぶりというものだ。感情に訴え、感情を揺さぶるものは文学や芸術の他にもいくらでもある。むしろ現実の生活が多様な感情を強く喚起するからこそ、それを芸術に表現し直すことが対象化や客観視の手段になりうるのだ。そして文学芸術は、合理性を追求する世界からこぼれ落ちる感情や思想の避難所としての役割をもっている。人間が完全に「合理的」な存在に変化しない限り、この役割がなくなることはないだろう。科学的エビデンスに基づいてワクチン政策を決めるように自分の人生を生きられる人はいない。そんなことを個人に求めるべきだとも思わない。

また、イシグロ氏の言う「リベラル」に人種的、民族的、性的その他の抑圧されてきたマイノリティが含まれるのだとしたら、かれらが時に強い攻撃性をもってその感情、蓄積されてきた恨みや怒りの感情を表現することを私は一律に非難したくない。被差別者の表現が時に復讐的な攻撃性をもっていたり、「逆差別」と見えるような偏見を含んでいたりすることはある。それ自体はたしかに「良いこと」とは言いがたい。しかしこれもまた現状認識の問題になるが、今の社会でマイノリティがマジョリティを攻撃するような表現を公然と行えば、より危険にさらされるのはマイノリティの方である。だから圧倒的多数のマイノリティはそんなことをせず、むしろ感情の抑制に非常に長けている。

BLMを暴力的だと言って眉をひそめる人を数多く見たが、私が以前から思っているのは、もし黒人たちがその何世代にもわたる奴隷制の怨恨を復讐としてそのまま投げ返したなら、アメリカの白人社会はすでに何度廃墟になっているかわからないということだ。しかし現実はそうなっていない。現実のマイノリティは、時に攻撃的に見えることがあるとしても、総体として恐ろしく理性的で自制的で、そして寛容なのだ。何一つ復讐も、感情を表現することもできずに埋もれていった膨大な被抑圧者の忍耐の上に今の社会は維持されている。多くの被差別者は、深い痛みを抱えながらも、求めるのは復讐ではなく次世代が幸せになることだと穏やかに語る。その中から時に感情的な表現が投げかけられたとして、それを感情的だと単純に排除することを私はためらう。

ずいぶんと長くなってしまったが、ふと書く気になったので書いた。まだいくつか書き残している気もするが、土曜も一日つぶれたことだしこのへんで。

イシグロ氏の発言について、ある左翼かつリベラルから見た感想

この記事が注目を浴び、多くのブコメが集まっている。

"カズオ・イシグロ語る「感情優先社会」の危うさ"

https://toyokeizai.net/articles/-/414929?display=b

まず、私は自分が大別すれば「左翼」かつ「リベラル」の立場にあることを自覚している。左翼の定義やリベラルの定義の困難さ、特に現在の日本で「リベラル」が「左翼」の言い換えのように使われて混乱が生じていることは十分承知しているが、そのあたりに触れるといくら前置きをしても足りなくなるので、要するにここを見るような人間たちがイメージする「左翼」であり「リベラル」であると考えてもらえばいい。ただし、左翼かつリベラル、というように私はこの両者は区別している。区別した上でどちらでもあるということだ。参考までに、最近やってみた下記サイトのポリティカルコンパスでは、

https://www.idrlabs.com/jp/political-coordinates/test.php

61.1% 左派, 72.2% 自由主義者

という結果だった。これを見てもわかるように「左派」と「自由主義」(リベラル)は別軸である。混同している人は気をつけてほしい。

そういう一人の人間として、件のイシグロ氏の発言への感想や疑問を書いてみる。

まず、社会制度の大枠を議論したり決定したりする際に、感情より科学的なデータやエビデンスが重視されるべきだというイシグロ氏の意見には私も異論がない。陰謀論やフェイクニュース、似非科学や歴史改竄に代表されるような事実軽視は、それが誰によるものであれ批判したいと思う。私は左派だが、左派の中にこの種の問題がないとも言わない。

たとえば近年では、日本共産党などがHPVワクチン副反応被害者の立場に寄り添うあまり、反ワクチン的な言説を許してしまっている(自分で言わないとしても、運動内部のそういう言説をはっきり否定しない)ことを歯がゆく思っている。誤解している人もいるようだが、日本共産党は本来はワクチンに否定的ではない。HPVワクチンについても、むしろ導入を行政に要求したりしてきた。しかし副反応被害を訴える声が上がり、裁判になってその原告を支援する立場となると、原告側の科学的根拠が弱い言説に対しても必要以上に寛容になっているように見える。それが被害を訴える原告の「感情」を優先したためなのか、あるいは裁判や運動を進める上での利害を計算したためなのかはわからない。そのあたりは人によっても違うだろう。しかし現在出ている科学的検証の結果が原告側に有利ではない以上、主張はデータを軽視しつつ苦痛の強調など感情に訴えるものになりやすい。イシグロ氏が言う「科学的エビデンスより感情が優先される」問題として私が連想したのはこのような例だ。

この件で一応私の意見を言っておくと、副反応を訴える人にはなるべく広く補償を適用しつつ、HPVワクチン自体は普及を進めるべきだと思っている。副反応裁判の原告団体については、補償の範囲を広げる運動としては支持するが、同時にHPVワクチンの勧奨再開に反対したり、さらには反ワクチン的な主張をする人物が混じっているのが支持できない。また便宜的に日本共産党の名前を出したが、私は共産党員ではなく関係も薄い。共産党に限らずHPVワクチン訴訟原告を支援する左派系政党や団体に共通する問題として挙げた。

しかし多くの部分で、私はイシグロ氏の発言に同意できず疑問を感じる。そもそも現状認識が私とは大きく違うように思うからだ。たとえば次のような部分だ。

"小説であれ、大衆向けのエンタメであれ、もっとオープンになってリベラルや進歩的な考えを持つ人たち以外の声も取り上げていかなければいけないと思います。リベラル側の人たちはこれまでも本や芸術などを通じて主張を行ってきましたが、そうでない人たちが同じようにすることは、多くの人にとって不快なものかもしれません。

しかし、私たちにはリベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術も必要です。つまり多様性ということです。これは、さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人がそれぞれの経験を語るという意味の多様性ではなく、例えばトランプ支持者やブレグジットを選んだ人の世界を誠実に、そして正確に語るといった多様性です。

リベラル側の人が理解しないといけないのは、ストーリーを語ることはリベラル側の専売特許ではなく、誰もが語る権利があり、私たちはお互いに耳を傾けなければいけないということです。"

ここは私には非常に疑問が湧くところだ。何よりわからないのは、いったいいつどこの世界で「ストーリーを語ることはリベラル側の専売特許」になったのかということだ。

イシグロ氏が住むイギリスのどこかにはそういう特殊な場所もあるのだろうか。まあおそらく、イシグロ氏が属するコミュニティの大半が教養ある「リベラル」で、そこでは「トランプ支持者やブレグジットを選んだ人」はほとんど目につかず、その声が抑圧され死に瀕しているかのように錯覚してしまったのだろう。しかしイシグロ氏自身が言っているように、アメリカでは半数近くの人が一時的にであれトランプを支持し、イギリスではブレグジット派が不正ではない投票で多数を占めてしまったのだ。「リベラルや進歩的な考えを持つ人たち以外の声」は十分に力を持ち、各国の舵取りに影響を与えている。

語ることがリベラルの専売特許に見える世界とは、イシグロ氏を取り巻く知的で文学芸術を愛する少数のインテリの世界のことでしかないだろう。イシグロ氏もそれを自覚はしているようで、だからこそ「縦の旅行」というようなことを言う。しかしその狭いインテリ業界での経験を一般化し、世界全体がそうなっているかのように語ることこそがまさにインテリの傲慢であり、相変わらずその狭さに無自覚な発言だとは気づいているのだろうか。

イシグロ氏と違い、私は左翼でありリベラルである自分のような立場が日本社会で主流になり、語る権利を独占しているなどと錯覚できたことは一瞬たりともない。たしかに近い考えを持つ人の集まる場所というものはある。しかしそういう場に足を運びながら、その場を一歩踏み出せば「世間」は全く違うのだと常に意識している。「縦の旅行」などするまでもなく、日本社会で「普通に」暮らせば、全くリベラルでない人、左翼を蛇蝎の如く嫌っている人、そもそもそういう言葉も、そういう違いがあることも知らない人などに電柱並みの頻度で出会うのである。

たとえば私は天皇制は廃止すべきだと考えているが、世論調査では天皇制に反対する人はずっと一割を切っている。周囲の人間をランダムに選べば十人中九人以上はこの点で私と考えが違うわけである。まあ日常生活でいきなり天皇制の話をする機会は少ないが、先日の代替わりだの改元だのの騒ぎの時には、自分が少数派であることをあらためて意識させられた。特に天皇の問題については、過去に右翼の襲撃のような直接的暴力による脅迫があり、言論の自由が大きく損なわれたことを知っておくべきだろう。「じゃあこっちはどうなんだ」をあまり振り回したくはないが、ポリティカルコレクトネスなどによる言論の不自由を懸念するのであれば、日本社会にはびこる天皇をめぐる言論の不自由にも一通りの知識と関心は持ってほしいと思う。

「自由民主主義」の社会を享受してきたと語るイシグロ氏は、部屋で文章を書くだけでなく、デモに参加し、街頭で語ったりビラを撒いたりしたことがあるのだろうか。それは自由民主主義を維持するための不可欠な活動の一つなのだが。やってみるとわかるが、街頭では温かく応援してくれる人だけでなく、口汚く罵ってくる人にも出会う。私の知人の中には、突然殴りかかられてけがをした人さえいた。手渡したビラを一目見るなり舌打ちして破り捨てる人もいる。私たちはその断片を拾う。それでも受け取ってくれるだけましとも言え、多くの人は避けるように通り過ぎていく。「自分とは違う世界がある」どころか、周囲の人の大半は自分とは違う考えだが、それでも少数者として声を上げていくことは無意味ではないはずだ、と私は自由民主主義社会で日々自分に言い聞かせている。

日本で左翼をやっていると、自分が投票した候補者が当選することも少ない。民族的、性的、その他さまざまなマイノリティの権利擁護運動に関わっていると、そもそも多数決に任せれば無視されるのが当然、そういう世界でいかに存在を認識させ、主張を届けるかというのがあらゆる活動の第一歩になる。言うまでもない前提だ。

上記のイシグロ氏の発言で何度読んでもわからないのは、「多様性」についてわざわざ「さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人がそれぞれの経験を語るという意味の多様性ではなく」と言っていることだ。これは何なのだろう。イシグロ氏はここで、「さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人」と「トランプ支持者やブレグジットを選んだ人」をあえて対立させ、前者より後者の多様性が重要であるように言う。前者の多様性と同時に、それに加えて後者の多様性も、というならまだわかる。しかし、少なくとも多数決投票で勝利したことのあるような「トランプ支持者やブレグジットを選んだ人」の声を「さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人」の声より優先して聞こうというような提案が現状の「多様性」をどれだけ高めるというのだろうか。

また、「トランプ支持者やブレグジットを選んだ人の世界を誠実に、そして正確に語る」という記述を読んで私が疑問に感じるのは、これはいったい誰が、どの立場から語るのだろうか、ということだ。翻訳の問題などもあるのかもしれないが、これを読むと、その人々の世界を外の人間が「誠実に」語ることのように読める。たとえばイシグロ氏のような作家がブレグジット支持者の内面世界を誠実に想像して描くというようなことなのだろうか。

しかしそれは、その傍で言われている「誰もが語る権利」と矛盾する。「語る権利」と言う時、マイノリティの運動の中などでは特に、当事者が自ら語ることを重視する。当事者の心中を非当事者が想像して代弁することは推奨されず、場合によっては本人の言葉を奪う行為として非難される。トランプ支持者やブレグジット支持者にしても、たとえばイシグロ氏のようにもともと思想的立場の違う作家がいかにも理解ありげに、「あなたはこんなふうに思っているのでしょう」とばかりにその思いを代弁したら多くは反発するのではないか。だから原則としては、その声に耳を傾けたいなら、非リベラルと言われる人々に語る場を保障し、自ら直接語ってもらうのが正しい。

その上でイシグロ氏は、そうして語る場を提供して耳を傾けた時に飛び出してくる言葉が、「○○○人はゴキブリ、この国から出ていけ」や「同性愛者は天罰を受けて死ね」だったり、静かな口調で確信に満ちて語られる「あなたがたは皆ディープステートに洗脳されているのです、ぜひこの資料を見てください」だったりした時にどういう反応をすべきか、どこまで現実感をもって考えているのだろう。この発言が単なる綺麗事に見え、それゆえ面白くないのはこのあたりの現実に何も触れていないからだ。

イシグロ氏は「誰もが語る権利があり、私たちはお互いに耳を傾けなければいけない」と言うが、これは理想論、原則としては全くその通りである。しかし現在問題になっているのは、その「誰もが語る権利」を尊重した結果次々と湧き出してくる陰謀論やヘイトスピーチへの対処を現実的にどうするかということなのではないか。先日話題になったツイッター社のトランプアカウント凍結なども、この原則と現実の間で行われた苦渋の選択だった。こういうリベラルの原則と現実とのジレンマは、「寛容は不寛容に対して寛容になるべきか」といった形で長く議論されてきたテーマでもある。それで言えば、トランプ陰謀論支持者に向き合いつつ、あえて寛容の原則に立とうと語る下の記事の方に私は感銘を受けた。

"「トランプの陰謀論」が今なお5000万人を魅了するワケ。『白人ナショナリズム』著者、渡辺靖に訊く"

https://finders.me/articles.php?id=2529

私はリベラルだが、この問題についてはここまではっきりと「寛容」に立つとは言い切れない。ヘイトスピーチ規制にも慎重派でありつつ、現実的にやむを得ないとも思っている。各国の法規制の方針を見ても、それぞれの背景に基づく大きな違いがある。現時点で何が妥当か判断しにくい難しい問題なのだ。「私たちはお互いに耳を傾けなければいけない」と書斎で言い放つだけでいいならそんなに楽なことはない。

また、いくつかのブコメが触れていたが、たとえばトランプ支持者が陰謀論を信じるのはそもそもイシグロ氏が言うような「感情優先」のせいなのかというのも疑わしい。選挙の敗北を認めたくないという感情が陰謀論を信じさせているのだ、というのはあくまでも外からの解釈で、本当に信じている人にとっては陰謀論は「事実」そのものだ。実際、陰謀論を広めている人はしばしば「まずは事実を知ってください」と言う。誤情報にさらされ、修正機会がないまま信じ込んでしまうという現象は特に感情がからまなくも起きる。平凡な思想を感情的に主張する人もいれば、陰謀論を冷静に信じる人もいるのだ。トランプ支持のような現象を「感情優先」として批判するのは、陰謀論やフェイクニュースのような誤情報の浸透をどう制御していくかという問題に対してあまり有効でないように思う。

ちなみに、トランプ支持者やブレグジット支持者に向き合ってその声を聞こうとした研究や取材はすでに数多く行われていて、下の記事のように日本の記者によるものさえある。

"トランプ支持者はなぜ熱狂的に支持しているの? とにかく彼らに会い続けた記者が、これからも語り合う理由"

https://www.nhk.or.jp/d-navi/note/article/20210208.html

イシグロ氏が自宅でなぜリベラルは非リベラルの声を聞かないのかとぼんやり嘆いている間にも、実際にトランプ支持者の家を訪ねて話を聞こうとしているリベラル寄りの人間は山ほどいるのだ。イシグロ氏は「リベラルが」ではなく「自分が」ご近所の非リベラルの声さえ聞いてこなかった、と言うべきだろう。主語を大きくしすぎてはいけない。

続きはこちら↓

https://anond.hatelabo.jp/20210306213813

韓国の日本(人種)差別がレッドラインを超えつつある件

韓国団体「戦犯国日本の歴史説明が必要」 ネットフリックスに抗議

https://news.yahoo.co.jp/articles/f1861e90b5bf3e2c4b59ba076845d4d1beca703f

このほかにもVANKはネットフリックスで配信中のドラマ「ベビー・シッターズ・クラブ」で戦争加害者である日本が被害者であるように思わせる場面があることを問題視している。

同ドラマでは、太平洋戦争中の米国で日系人が強制収容されたことなどに触れており、VANKはこれについて、戦争を知らない子供らが日本を被害国と誤解する可能性が十分にあるとし、戦犯国である日本の歴史に関する説明を追加するよう要求した。

まず収容された日系人は「日本国民」ではなく「日本人の血を引くアメリカ国民」です。

日本人の血を引いた人たちが不当に差別された事を「日本という国が被害者であるようで不快だからやめろ」「戦犯国(これも韓国オリジナルの差別用語)である日本の歴史を入れろ」(日本が悪い事をしたので日系人収容も仕方なかった?)と言ってる訳です。

■VANKとは

このVANKという団体は韓国のニュースで「サイバー外交使節団VANK」という肩書きでしばしば登場します。

Voluntary Agency Network of Korea(VANK、バンク[1]、ヴァンク、韓国語: 반크、中国語: 韩国网络外交使节团) は、“大韓民国の正しい姿“を世界中に広めるために、インターネット等を介して、大韓民国(韓国)に関する情報宣伝工作活動を行うことを目的とする大韓民国の民間組織である。VANK自身は「民間外交使節団」と称しているが、韓国政府から公金が支出されており、後述のように攻撃対象とすべきサイトへ電子メールの大量送信やDoS攻撃を呼びかけることもある。

ソースがWikipediaになってしまいますが、韓国政府がVANKに予算を配分しているのは韓国のニュースでも確認できる事実です。韓国を代表する企業も寄付金という形でVANKを支援しています。

韓国という国や韓国国民の意見を代弁する団体と言っても過言ではないでしょう。

過激なレイシスト団体が声をあげている訳ではないのです。だからこうして韓国の新聞社の記事となり、日本語にも翻訳されて配信されている訳です。

私の記憶の限り日系人収容に対してVANKがクレームをつけたというのはこれが初めてですが、敗戦後の引き揚げで日本人女性が暴行されたり殺されたりした話に対して「事実を捏造して加害者のくせに被害者ぶるな」とクレームをつけていたことはたびたびありました。VANKに限らず、韓国のニュースからは原爆被害者に対しても同様に被害者のふりをするなという空気を感じていました。

こうした韓国で起きていた「被害者の日本人」への不満が日本国民でない日系アメリカ人に対して牙を剥きはじめた根底にあるのは間違いないでしょう。

■今後の展開の予想

こうした日本人の血を引く人たちへの攻撃が世界で支持されるとは思えません。

もし批判がVANKへと向いたとしたらどうなるか?メンツが第一の国なので恐らくVANKは要望の取り下げは行わないでしょう。

そうなると韓国政府がVANKは韓国人の意見を代表するものではないと切り捨てにかかる可能性が高いと思われます。

VANKが切り捨てられても戦犯国、戦犯企業、戦犯旗とあらゆる用語を作成し日本=戦犯の印象を植え付けようとしている韓国の方針が変わる事はないでしょう。

前からとっくに踏み越えてたんだよなぁ

発達障害の次はHSP(繊細すぎる人)が流行りのようだが、君はHSPじゃなくて自己愛性人格障害が強すぎるだけ...

発達障害の次はHSP(繊細すぎる人)が流行りのようだが、君はHSPじゃなくて自己愛性人格障害が強すぎるだけでしょってケースも多々あると思うよ 

知人に自称HSPいるけどまさにそれ

@yasgreen615

繊細すぎるんじゃなくて、常に自分が主人公でいたいから少しの批判にも過剰反応してるだけ、HSPなんかじゃありません 

HSPが病名ではない点からも色々と察しろよという

@yasgreen615

繊細ヤクザとモノホンのHSPは全然違うと思いますよ

@yasgreen615

プライドが高すぎる人がHSPを名乗っている気がする件について

めっちゃありそうな話である

HSPを公言する人に思うこと

マウントを取ることの失敗を繰り返し、マウントを取るをことが難しいと判断せざる得なくなったところで自身をHSPであると公言し、生きづらい自分への特別扱いする施しを望み逆マウントのような状況を生むために、HSPを利用しているのではないかという疑念を抱いています

実際にHSPと判定されたことからHSPを公言しているのかも知れませんが、自己愛性人格障害などパーソナリティ障害の特徴とHSPの特徴は似ている部分があると言われていて、精神科医の方もパーソナリティ障害などの病名こそ明言はしていませんが、HSPとして片付けることよりも、そこに潜む病気について意識する必要があることを心配されており、なんらかの病気と特徴が似ていることがわかります

そのため、自己愛性人格障害と思しき人はどういったことで人を集められるのかを常に考えていると思われ、SNSなどではその様子が顕著に読み取れる場合があります

反応のよい話題を模索するため、その話題に対して心底思い入れもないが、反応がいい話題を取り上げる、だが、やはり所詮は自分の望む賞賛を集めるためでしかなく、受ける賞賛と自身が望む賞賛のボリュームのバランスが取れない場合には、その話題を持続して扱うことが出来なくなったり、話題が安定しない人が多い

そして、その注目を集める話題として自身がHSPだと公言し、人の注目を集め、HSPを賞賛のボリュームを上げるための人集めのツールに使っているのではないかというケースも見受けられます

カズオ・イシグロよ。未練を捨てろ。闇を纏え

ある特定の分野の秀でた人間をバカにする行為、誰もがする(僕もしてしまうことがある)ので、遺伝子...

ある特定の分野の秀でた人間をバカにする行為、誰もがする(僕もしてしまうことがある)ので、遺伝子に組み込まれてる可能性すらある。

@kenkoooo

嫉妬はかなり原初の感情なので人類のファームウェアレベルで実装されているのだ

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