/note/tech

自動車用ネットワークの標準化(12)「IEEE P802.3 dh」のその後と、車載“にも”使われる「IEEE 802.3cg」

Objectiveではもう少し明確に、自動車内の環境で動作することを掲げている(図3)。もっとも、自動車のみを対象にしているのではなく、端的に言えば従来はField Busが使われてきていた工場などのノイズなどが酷い環境で10Mbps Ethernetを利用するための規格であり、そうした環境の1つに自動車内が挙げられている、という格好である。

ただし、IEEE 802.3cgの主目的は、自動車よりもそのほかの工場やビルなど、環境的に厳しい場所での長距離接続にある。実際Objectiveでは、次の項目が挙げられている(図4、5)。

  • 転送速度は10Mbps
  • 最大1Kmの接続距離
  • 25mまでの範囲でBERは10E-10、1Kmでも10E-9を確保

10BASE-T1LはClause 146、10BASE-T1SはClause 147にその仕様がまとめられている。両方の仕様を簡単にまとめると、次のようなかたちになる。

  • 転送速度はどちらも10Mbps
  • 変調方式は10BASE-T1LがPAM3+4B3T、PAM3+4B5Bとなる(つまり変調方式には互換性がない)
  • ケーブルは10BASE-T1LがAWG18ケーブルで最大1000m、一方10BASE-T1SはAWG24~26ケーブルで最大15m
  • 接続方法は10BASE-T1LがPoint-to-Point。一方10BASE-T1SはMulti-Drop可
  • 通信方式は10BASE-T1LがFull-duplexが基本。対して10BASE-T1SはHalf-duplexが基本で、オプションでFull-duplexも可能

10BASE-T1Lの4B3Tは4bitのデータをPAM3の3シンボルに変換する方式で、こちらはISDNで利用されていた符号化方式である。一方、10BASE-T1Sの4B5BはFDDIとか100BASE-TXなどで利用されていた符号化方式で、4bitのデータを5bitのシンボルに変換するが、これを使うとデータに0が4つ以上続かないので、クロックの同期が容易というメリットがある。

10BASE-T1Sはまた、他の規格と比べても低価格で実装できるのがポイントだ。上に示したように、10BASE2/5と同じようにMulti-Dropが可能になっているから、接続デバイス数が増えてもSwitchがそもそも要らない。加えてPHYとコネクタの間にパルストランスを必要とせず、AC結合用のコンデンサで置き換え可能である(図6)。このため小型化と低コスト化を図ることが可能だ。

なぜこうした製品が投入されているかといえば、昨今の自動車がZone/Domainアーキテクチャを採用し始めていることに起因する。ラフに言えばZoneは「場所」で、例えば車体後部に置かれているもの(トランクの開閉やロック、バックモニター、リアウィンドウワイパー、etc.)をまとめて1つのECUで管理しようという考え方、Domainは機能(ウィンドウ制御、ドア制御、座席制御、etc..)の種類別に管理しようという考え方で、これを適時組み合わせるわけだ。

これまでは、ここにCAN(Controller Area Network)とかLIN(Local Interconnect Network)といったネットワークが使われてきた。CANは高信頼性のネットワークで、それこそエンジン制御とかサスペンション、最近だとアクセルやブレーキなどもこれに該当するが、そうしたものの接続に利用されている。

一方のLINは、ドアミラーとかパワーウィンドウ、ワイパーなど、CANほどの信頼性は不要で、速度もそれほど必要ない用途に低コストなネットワークとして利用されている。ところが昨今はZone/Domain化を進めてゆく中で、基幹となるネットワークをEthernetに置き換えようという動きが活発化している。

こうなると、基幹はEthernetなのにドアミラーはLIN、ということであれば、どこかにGatewayを入れてEthernetとLINの変換が必要になる。であればLINと同程度のコストで実現できる低速なEthernetを使えば、ゲートウェイが必要なくなり便利というわけだ。

実際ドアミラーの制御であれば、50Kbps程度の速度があれば十分だし、そもそもエンジンなどと違って全てのデバイスが常時動いているわけではない。なので、ドアミラー以外のデバイスをたくさんつなげても、10Mbpsあれば十分お釣りが来るというわけだ。

車載用Ethernetというと語弊があるが、車載“にも”使われるEthernetという位置づけであれば、今後広く使われてゆくと思われるのがこの10BASE-T1Sであり、しばらくの間は、これを置き換える規格も出てこないだろう。