■ 1. もう限界、Linuxへ - 2025年のPC界隈の変化
- 2025年のPC界隈で静かに広がっている合言葉:「もういい、Linuxを入れる」
- 長年Windowsでゲームをしてきた熟練ユーザーやテック記者までがハイエンドのゲーミングデスクトップを丸ごとLinux(特にCachyOSのようなゲーム特化ディストリビューション)へ移行し始めている
- あるベテラン記者はRyzen 7 9800X3DとGeForce RTX 4070 Tiという典型的なハイエンド構成のWindows 11マシンをあえてLinuxに変えると宣言
- 理由:Windowsはどんどん扱いづらくなっているのにLinuxでのゲーム環境は明らかに良くなっているという感覚
■ 2. Reddit での賛同
- 海外掲示板Redditのテクノロジー版では同じ言葉をタイトルにした投稿が立ち、数千件規模の賛同票が集まった
- コメント欄には「もうWindowsの挙動に疲れた」「AIと広告が増えてOSとしての基本が良くならない」といった声が並ぶ
- 長年Windowsを使ってきたユーザーほど不満を募らせている構図が見える
■ 3. Windows 11のエージェントOS化
- 背景にはMicrosoftの路線変更がある
- Windows 11は「エージェントOS」を掲げ、Copilotと呼ばれる生成AIアシスタントをタスクバーやファイルエクスプローラー、設定画面などシステムの至るところに深く組み込もうとしている
- 最新ビルドではファイルエクスプローラーから直接ドキュメント要約やメール下書き生成を呼び出す機能まで用意
- OSそのものが常時AIと会話することを前提に設計されつつある
- 一方でユーザー体験は必ずしも便利になったという実感と結びついていない
■ 4. Copilotを巡る問題
- Copilotを巡る議論では常に画面の隅にいるだけでなく、AIが基本的な操作に失敗した公式広告動画が批判を浴び、Microsoft自身がその広告を削除する事態になった
- AI連携を強めることでブランドを近未来的に見せようとする動きと、「まずファイルエクスプローラーのフリーズやスタートメニューの不具合を直して欲しい」という利用者側の素朴な要求との乖離がユーザーの苛立ちを増幅させている
■ 5. Recall機能の問題
- 象徴的なのがRecallと呼ばれる機能
- Recallは画面の内容を一定間隔で自動撮影し検索可能な「パソコンの記憶」として保存する仕組み
- Microsoftは暗号化やWindows Helloによる保護を強調するが、実際にはデータベースが平文のSQLite形式で保存されていた時期があり、専門家から「悪意あるソフトや物理的なアクセスに極めて弱い」と警告されている
- プレビュー段階での強烈な反発を受けて一度は提供を見直したものの、その後もInsider向けに再投入するなど方向性自体は変えていない
■ 6. 広告的なUIの問題
- ユーザーの視界を埋める広告的なUIもMicrosoftへの不信感を積み上げてきた
- Windows 11のスタートメニューには「おすすめ」と称するエリアがあり、そこにアプリやサービスのプロモーションが表示される仕様が導入されている
- 設定である程度は無効化できるものの、規定では有効な上、更新の度に挙動が変わることも多い
- 最近ではPCのバックアップを推奨する警告風メッセージとしてOneDriveのクラウドバックアップを促す表示がスタートメニューに出るケースが報じられた
- 黄色い感嘆符で「アクションを推奨」という文言でユーザーの不安を煽りつつ、実態はMicrosoft 365やクラウドサービスの利用を後押しする導線になっている
■ 7. Windows 10サポート終了の影響
- 決定的だったのがWindows 10サポート終了のタイミング
- Microsoftは2025年10月14日を持ってWindows 10の通常サポートを終了し、以後は月例のセキュリティ更新や新機能提供を行わないと公式に発表
- Windows 10は依然として世界のWindowsユーザーの4割前後を占めていたとされ、数億台規模のPCが一斉に期限切れの状態になった
- Microsoftは Windows 11へ移行できないユーザー向けにESU(Extended Security Updates:延長セキュリティ更新プログラム)を用意
- 個人向けでは1台あたり年間30ドル相当の料金、あるいはMicrosoftアカウントとの紐付けやポイント交換による無償枠といった複雑な条件が提示されている
- ローカルアカウントだけで使い続けたいユーザーがESUを利用するには結局Microsoftアカウントへの移行を迫られる形
■ 8. Windows 11のハードウェア要件
- Windows 11側にはTPM 2.0やSecure Bootといったハードウェア要件が課されており、古いPCほどアップグレードが困難になる
- サポート終了に伴う解説記事の多くは「Windows 11要件を満たさないPCではLinuxディストリビューションやChrome OS Flexへの移行も選択肢になる」と明記
- つまりMicrosoft自身のライフサイクル戦略が結果的に「今のWindowsを捨てて別のOSへ飛び移ること」を現実的な選択肢としてユーザーに意識させてしまった
■ 9. LinuxとSteam Deckの台頭
- このタイミングで存在感を増したのがLinuxとSteam Deckを中心とするオープンなゲームエコシステム
- Valveが毎月公表しているSteamハードウェア&ソフトウェア調査の2025年10月版では、Linux利用者の割合が初めて3%を超え3.05%に達した
- 1年前の約2%からわずか1年で5割増の水準
- 依然として94%以上を握るWindowsと比べれば小さな数字だが、傾向としては明確な伸びを示している
■ 10. Protonの役割
- Linux側の下地を作った最大の要因がValveが開発したProtonという互換レイヤー
- ProtonはWineと呼ばれる互換技術をベースにしたソフトウェア群で、Windows向けのゲームをLinux上で動かすための翻訳役を担う
- Steamクライアントに統合され、ユーザーはゲームごとに有効化するだけでDirectX APIの呼び出しがVulkanなどのグラフィックスAPIに変換される仕組み
- 2025年秋時点の調査ではProtonDBの統計に基づき、Windowsゲームの約9割がLinuxでプレイ可能という水準に達したことが報告されている
■ 11. Steam OSとSteam Deck
- 物理ハードウェアとしてはSteam OSとSteam Deckの存在が象徴的
- LinuxベースのSteam OSを搭載したSteam Deckは携帯ゲーム機の形をしたPCとして世界的なヒットを記録
- そのOS構成やドライバー最適化がそのままLinuxゲーム環境の標準的な参照例になった
- Valve自身のハードウェアだけでなく、ROG AllyのようなWindows搭載ハンドヘルドがBazziteというFedoraベースのディストリビューションに入れ替えることでフレームレートやバッテリー効率を改善できる事例も報告されている
■ 12. ハードウェアメーカーの対応
- Linux側のゲーム人口がSteam全体の約3%という水準に達した今、ハードウェアメーカーも無視できなくなっている
- Steam Deck向け最適化を意識してAMDがオープンソースGPUドライバーの開発を強化
- 2025年にはWindows向けでメンテナンスモードに移行した旧世代GPUでもLinux側ではコミュニティ主導のRADVドライバーにより引き続き最適化が続くという構図が生まれた
- Windowsでドライバーサポートが先細りになる一方、Linuxでは過去世代GPUが長く活用される可能性が高く、古いゲーミングPCを延命させたいユーザーにとっては魅力的な要素になりつつある
■ 13. CachyOSの特徴
- CachyOSはArch Linuxをベースに「高速、安定性、ゲーミング最適化」を全面に押し出したディストリビューション
- 公式サイトでは「Blazingly Fast」を謳い、x86-64-v3やx86-64-v4といった新しめのCPU命令セットに最適化されたパッケージを提供することで、同じハードウェアでも標準的なバイナリより高いパフォーマンスを目指している
- 心臓部にあるのがCachyOS Kernelと呼ばれる独自ビルドのLinuxカーネル群
- BORE(Burst-Oriented Response Enhancer)やEEVDFといったCPUスケジューラ、LTO(Link-Time Optimization)、CPUアーキテクチャ別のコンパイルオプションなどを組み合わせ、入力遅延の低減とスループット向上を狙っている
■ 14. Linuxの課題
- もちろんLinuxに移れば全てが解決するわけではない
- 最大の難所として挙げられるのがカーネルレベルで動作するアンチチートとの相性問題
- Battlefield 2042やCall of Duty: Black Ops 6のような大型タイトルではSecure BootとTPM 2.0を有効にした上でRiot VanguardやEasy Anti-Cheatといったカーネル常駐アンチチートを要求するケースが増えている
- こうした仕組みはWindowsカーネルを前提として設計されており、Protonが再現するユーザーランドだけでは対応しきれない
- 技術的なハードルも残る:一部のハードウェアではLinux向けドライバーが未整備だったり、ベンダー純正の設定ツールが提供されていなかったりするため、「買ってきてさせばすぐ使える」というWindows的な感覚は通用しない場面がある
■ 15. 現実的な移行ガイド
- それでもWindowsからLinuxへの移行ガイドは年々現実的なトーンになってきた
- かつてはデュアルブートや仮想マシンで遊び半分に触ってみる程度の提案が多かったが、今では「Steamライブラリーの大半はLinuxで問題なく動く、どうしても必要なタイトルだけWindowsに残し、日常のゲーム環境はLinuxへ移す」という構成を推奨する記事も増えている
- ProtonDBで事前に互換性を確認し、必要に応じてローリングリリースのディストロをデュアルブートで入れるといった具体的な移行シナリオが提示されるようになった
■ 16. OSとしての哲学的考察(「沈黙する回路」)
- OSは単なるソフトウェアではない:朝起きて最初に触れる窓であり、1日の思考を流し込む媒体であり、記憶が堆積していく基盤でもある
- そこに絶え間なく広告や提案が降り注ぐと、心のどこかで自分の時間が少しずつ切り売りされている感覚が芽生える
- 便利さと引き換えに集中の静けさが薄く削られていく
- だからこそ何も語らないOSへの憧れが生まれる:起動しても何もおすすめしてこない環境、こちらから呼ばない限り口を開かないAI、更新の度に性格を変えないデスクトップ
- CachyOSのようなディストリビューションはその憧れを実態に変えるためにカーネルの速度やパッケージの構成といった目に見えにくい部分を丁寧に磨き続ける
- そこでは沈黙そのものが1つの設計思想になる
■ 17. 価値観の問題
- OS選択を単なる好みや慣れの問題として片付けるのは簡単
- しかしWindows 10のサポート終了やAIと広告を全面に押し出すWindows 11の路線、ハードウェア要件とアンチチートの強化によって、Microsoftの設計思想そのものがユーザー側の価値観と衝突し始めている
- 自分のPCを自分が主役の道具として保ちたいのか、クラウドサービスとAIのためのプラットフォームとして受け入れるのか
- その分岐点に立たされたユーザーが「もういい、Linuxを入れる」とつぶやきながらCachyOSのインストーラーを起動する姿は単なるOS乗り換え以上の意味を持ち始めている