■ 1. 技術概要
- SPhotonixが5Dメモリクリスタルの商用化に向けて450万ドルの資金調達を完了
- 2025年12月に英国とスイスに拠点を置くディープテック・スタートアップが発表
- 溶融シリカガラスを用いた事実上の恒久保存を実現するデータストレージ技術
- 宇宙の年齢に匹敵する138億年の耐久性を誇る
- 既存ストレージ(HDD・SSD・磁気テープ)は数十年から100年程度で限界を迎えるのに対し圧倒的な優位性を持つ
■ 2. 5次元記録のメカニズム
- フェムト秒レーザーによるナノ構造化技術:
- サウサンプトン大学Peter Kazansky教授が20年以上研究
- 1000兆分の1秒という極めて短いパルス幅を持つレーザーを使用
- 5つのパラメータでデータをエンコード:
- X座標(空間的位置)
- Y座標(空間的位置)
- Z座標(空間深さ)
- 配向(ナノ構造の向き)
- 強度(光の遅相軸の強さ)
- 溶融シリカガラス内部に微細なボクセル(3次元ピクセル)を刻み込む
- ボクセルは複屈折特性を持ち入射する光の偏光や方向によって異なる屈折特性を示す
- 偏光させた光を照射しその変化を光学的に検出することでデータを復元
- 5インチのガラスディスク1枚に最大360TBのデータを格納可能
- 一般的な大容量HDD(30TB級)の10倍以上の密度を実現
■ 3. 耐久性と安全性
- 190℃の高温環境下で138億年のデータ保持が可能
- 耐熱性・耐環境性:
- 石英ガラスは化学的に極めて安定
- 磁気の影響を受けない
- 放射線・水・湿度による劣化がほぼ皆無
- データ保持に電力を一切必要としないエアギャップなメディア
- ランサムウェア攻撃に対する究極の防御策として機能
■ 4. 市場背景とエネルギー問題
- コールドデータの定義と分類:
- 世界中に保存されているデータの60〜80%がコールドデータ
- ホットデータは5ミリ秒未満でのアクセスが必要(SSDの領域)
- ウォーム/クールデータは数秒以内のアクセスで十分
- コールドデータはアーカイブ・法的記録・科学データなどアクセス頻度は低いが長期保存が義務付けられ取り出しに10秒以上かかっても問題ない
- 現状の問題点:
- 慣性により人々はコールドデータ保存にも寿命が短くエネルギーを大量に消費するHDDやSSDを使い続けている
- AIの台頭によりデータ生成量は指数関数的に増加
- IDC予測によれば2028年までに年間生成データ量は天文学的な数値に達する
- 持続可能性の観点:
- 全データを回転するHDDや通電が必要なSSDで保存し続けることは電力消費と廃棄物の観点から持続不可能
- HDDは数年ごとのリプレイスが必要でそのたびに莫大なコストと廃棄物が発生
- SPhotonixのガラスメディアは一度書き込めばリフレッシュや空調による厳密な温度管理なしに永久にデータを保持可能
- データセンターのTCO(総所有コスト)とカーボンフットプリントを劇的に削減する可能性
■ 5. ビジネス戦略
- 資金調達:
- 2025年11月25日にCreator FundとXTX Venturesが主導するプレシードラウンドで450万ドルを調達
- 技術成熟度レベルをTRL5(技術検証段階)からTRL6(プロトタイプ実証段階)へ引き上げるために投資
- Arm/NVIDIAモデルの採用:
- 製造会社になるつもりはないとIlya Kazansky CEOが明言
- 自社で大規模なガラスディスク量産工場を建設せず核心となるイネーブリング・テクノロジーを開発しライセンス供与するモデル
- ハイパースケーラーやストレージベンダーとコンソーシアムを組みデータセンターにプロトタイプを展開する計画
- コストとパフォーマンス:
- 書き込み装置は約30,000ドル(約450万円)
- 読み取り装置は約6,000ドル(約90万円)
- 現在の転送速度は書き込み4MB/s・読み取り30MB/s
- 3〜4年以内に読み書き共に500MB/sまで引き上げる計画
- 実現すれば現在のアーカイブ用磁気テープシステム(LTOなど)と競合可能な水準
■ 6. 競合分析
- Microsoft Project Silica:
- 同様にフェムト秒レーザーと石英ガラスを用いたストレージを開発
- Azureクラウド向けのアーカイブソリューションとして実証実験を進行中
- 自社のAzureインフラへの垂直統合を主眼に置く
- Cerabyte:
- セラミック素材を用いたストレージを開発するスタートアップ
- SPhotonixの優位性:
- オープンなエコシステム志向
- ライセンスモデルを通じて多様なデータセンター事業者やハードウェアメーカーが技術を利用できるプラットフォームを提供
- 元Project Silicaの研究者を採用する計画を明かし技術的な知見の集約を図る
■ 7. 文化的意義と実績
- 技術の象徴的なデモンストレーション:
- 全ヒトゲノムデータを結晶に保存
- Eon Ark Time Capsuleとして2024年〜2025年の会話記録をアーカイブ
- 名作ゲーム『Heroes of Might & Magic 3』を保存
- 映画『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』において技術がフィーチャー
- 人類の知識と文化を文明の存亡を超えて保存する究極のバックアップとしての役割
■ 8. 技術的意義と展望
- 磁気や電荷という不安定な現象への依存から脱却し結晶構造という物理的な恒久性を手に入れる転換点
- ハイパースケーラー各社が直面するエネルギー問題とデータ爆発の圧力が今後数年で技術の実用化を強力に後押し
- 読み書き速度の向上とコストダウンという課題は残存
- TRL6への移行とライセンスモデルの採用により技術が実験室を出てデジタル社会の基盤となる日が近い
- 数千年後の未来において現代の文明を伝えるのはSPhotonixのクリスタルに刻まれた光の記憶である可能性