■ 1. 記事の背景と目的
- 筆者はカケハシでHoEをやっている小田中氏
- 2023年10月に入社してから2年が経過
- 日本の医療体験をしなやかにするを実現するための濃密な日々を送っている
- 2025年のアドベントカレンダーでマネージャーがボトルネックにならないチームづくりをテーマに執筆
■ 2. エンジニアリングマネージャーに求められること
- カケハシではエンジニアリングマネージャーに期待することをCTOが言語化している
- 7つの期待事項:
- 正しい方法で短期的な事業成果を追求する
- チームの活動に明確な意思決定を行う
- チームの活動を説明できる状態を保つ
- Disagree and Commitの姿勢で臨む
- 属人化を避け仕組みで解決する
- 個人の強みを引き出して活かす
- パフォーマンスについて明確なフィードバックを行う
- どれもEMにとって大切な行動だが全てを1人の人間が高いレベルで遂行するのはハードルが高い
- 相反する要素の例:
- 正しい方法で短期的な事業成果を追求すると属人化を避け仕組みで解決するは相反する
- 純粋に短期的成果のみを追い求めると今その仕事をやりきることができる人にばかりお願いすることになるため属人化を助長する
- 短期間でコミットメントが求められる状況で属人化排除のための冗長性担保を高い優先順位においていると期待するスピードが出ないことが起こり得る
■ 3. 期待の多さがEMをボトルネックにする
- 期待されていることがそもそも多い
- 中には相反する要素に対して落としどころを見つける必要がある
- この状況はEMの負荷上昇を招く
- 負荷が上がったEMはボトルネックとなり現場のスピード感に影響を与える
- 筆者の状況:
- HoEとしてSCM組織を統括しながらいくつかのチームのEMを兼務している
- すべてのマネジメント業務を1人でこなそうとすると容易にボトルネック化していく
- HoEとしてのミッション:
- 全社最適の観点で組織を捉え中長期的にバリューを創出するための人員計画や技術投資の検討に集中したい
- 個別のチームのEMとしてのミッション:
- チームメンバーの潜在能力を引き出すチームワークを発揮するようなコミュニケーション設計に力を割きたい
- 目の前で発生しているインシデントやその背景にある構造的な技術課題へのアプローチが必要
- それぞれ観点が異なるミッションであるためコンテキストスイッチが大きく発生する
- 全てに深く入り込むことは時間的にも体力的にも難しい
- これらのタスクをマネージャーが持っているという形のままにしておくとタスクがスタックしていく
- これは組織やチームの動きが停滞することを意味する
- マネージャーがタスクを持ち続けることは中長期的にみて致命的な課題となるリスクがある
■ 4. 解決策:マネジメント機能の分散
- ボトルネックを解消しかつなされるべきマネジメントがなされるための解決策はマネジメントの機能をメンバーにも分散するというアプローチ
■ 5. EMへの期待を分解する:チームの活動に明確な意思決定を行う
- EMへの期待を分解することでメンバーがマネジメント機能を実行できるようになる
- 意思決定を行うためにはチームを取り巻く状況の把握など情報収集が重要
- この情報を全てEMが主体的にとりにいくのはかなり骨が折れる作業
- 自動的にEMに情報が集まってくる状況をつくる仕組み:
- 定量的なメトリクスの収集と観測
- 定性的な情報や状況の収集
- 定量的なメトリクスの例:
- AWSコスト推移のウォッチ
- Datadogでの各指標の確認
- リリース頻度
- インシデント発生頻度
- AI在庫管理チームではDatadogやSentryのダッシュボードをみんなで確認する場を毎日設けている
- メトリクスを見ることが自然と習慣化されている
- これらの指標を計測し定期的に観察することで意思決定の方向性が浮き彫りになる
- 意思決定に足る情報が揃っているとメンバーからの提案を適切に評価し採用できるという大きなメリットがある
- 定性的な情報については数値としてはあらわれていないけれどもメンバーが抱えているモヤモヤや放っておくと大きな問題になる兆候などをキャッチすることに役立つ
- 週に1度チームのテックリードたちと今チームで何が起こっていると感じていますかを分かち合う場は問題が小さいうちにキャッチし対策を打つための絶好の場
■ 6. 事例:AWSコスト削減
- AI在庫管理チームでは徹底したAWSコスト削減に取り組んだ
- AWSコスト削減に強みをもつDELTA社に多大なるご協力をいただいた
- プロダクトの利用規模拡大に伴って上昇したAWSのコストを削減したいという点については意思決定することは容易だった
- DELTA社に協力いただくという意思決定はメンバーからの提案があったからできた
- コストは削減したいけれどもチームの力は開発にフォーカスしたかった
- 顧客への価値貢献を最大化しつつどのようにコストを下げて行くかで悩んでいるときにメンバーが提案してくれた
- 様々なトレードオフを考慮したり実際にDELTAさんの話を聞く中で依頼することで事業推進とコスト削減を両立できるという確信が得られ意思決定に至った
■ 7. 事例:生成AI活用の推進
- 開発現場での生成AI活用の推進があった
- AI在庫管理チームでは社内の他チームに先駆けてAI Only Weekを試行するなど積極的に生成AI活用を推進してきた
- AI Only Weekとは手動でのコーディングを行わずAIコーディングのみで開発を進める実験
- 高い品質やシステムの安定性が求められるカケハシのプロダクト開発においてどの程度導入するべきかについては慎重な判断が必要だった
- 思い切って推進できたのは旗振り役になってくれたメンバーがどのような効果がでていてどのような課題がありしたがってどのように活用していくことが望ましいかを適宜共有してくれていたから
■ 8. EMへの期待を分解する:属人化を避け仕組みで解決する
- AI在庫管理チームではプロダクトへの品質要求に応えられるような開発プロセスを実現するため品質向上ハンドブックが作成された
- 『Musubi AI 在庫管理開発チームの品質向上ハンドブック』の PDF版を公開します - KAKEHASHI Tech Blog
- PRD作成などいわゆる前工程から丁寧にプロセスが解説された素晴らしいコンテンツ
- 品質向上や開発プロセス改善に馴染みのないメンバーからするといささか重厚に感じられるものだった
- マネージャーとしてはこのプロセスを浸透させたいが現場からすると重量級に感じられ手にとることのハードルが高かった
- あるメンバーがわからないところが多いのでみんなで読み合わせしませんかと提案し実際に読み合わせを主催してくれた
- この読み合わせをきっかけにメンバーが開発プロセスに対してより主体的に関わるようになりチームで当たり前に遵守するものになっていった
- マネージャーが読み合わせしましょうと呼びかけるより1人のメンバーが読み合わせを企画したのが主体的に個々人が落とし込むモチベーションにつながったと考えられる
■ 9. チームでマネジメント機能を分散する効果
- EMに期待されている行動の一端をチームが担うことには様々なよい効果がある
- 5つの効果:
- 冗長性
- 即時性
- 多様性
- 自律性
- 将来性
- ひとりのマネージャー以外でもある機能を担えることは冗長性の担保につながる
- そのときに手が空いているメンバーが対応できるのであればそれは即時性につながる
- 様々なバックグラウンドをもつメンバーが関わることで多様性が生まれる
- マネージャーにおまかせではなく自分たちでチームを推進するんだというマインドセットが自律性を育む
- マネジメント業務を請け負うことにやりがいが見出されたのであれば次世代のEM候補になるかもしれないという将来性につながる
- マネージャーが担っていた仕事を請け負うことになるので単純に考えるとメンバーの負担が増えてしまう働きかけでもある
- 現代を生きるエンジニアは生成AIを相手に大なり小なりマネジメントを行っているはず
- マネージャーの仕事の一部を移譲してもらいマネジメントスキルをキャッチアップしていくことは大生成AI時代において必要なスキルを身につける絶好のチャンス
- チームにマネジメント機能が分散されたマネージャーの手元にはマネジメントがスケールする仕組みや空気づくりやより中期的な戦略立案や行動への落とし込みなど抽象度や難易度が高い仕事が残る
- こういったタフな仕事に対してマネージャーが集中できる環境をつくることは長い目でみると組織にとっても大きなメリット
■ 10. チームが変化するために:目標を軸にした権限移譲
- 状況を見える化するやメンバー主導で提案し行動してもらうといったことができるチームではマネジメント機能を分散することが可能
- ポイントは目指す方向を明確にしつつ方法は任せると日頃からサインアップの文化をつくるという点
- カケハシの開発組織では目標管理手法としてOKRが採用されている
- AI在庫管理チームでのOKR設定方法:
- 大枠の目指す方向はEMが示す
- どうやって目標を達成するかという具体はメンバーが決める
- AWSコスト削減も生成AIの活用推進もチームのOKRとして設定していた
- チームが目指す方向をシャープにすることとどうやって達成するかを考え実際に行動することをメンバーに移譲していた
- AWSのコスト構造についてもチームの開発に対して生成AIをどう取り入れたらよいかの試行錯誤も最前線にいるエンジニアのほうがマネージャーより詳細に把握している
- 変化に対してもいち早く気づく
- これらのOKRに関してメンバーに移譲しオーナーシップを発揮してもらったのはチームが成果を生む観点でも非常によい効果をもたらした
- ある程度の抽象度で渡したときに自律的に成果までの道筋をつけてくれたのはサインアップすることが文化として根付いていたから
■ 11. チームが変化するために:サインアップの文化づくり
- サインアップとはみずから手を上げ仕事をとりにいくこと
- これが当たり前の状況をつくるための効果的なアプローチ:
- 毎朝実施しているダッシュボード確認定例のファシリテーションを持ち回りにする
- スプリントレビューで質問を促す
- 何か作業が発生したときに誰々さんお願いしますではなく誰かやってみませんかと主体的に手が上がることを待つ
- チームがサインアップ文化に慣れていない間は誰かやってみませんかといっても気まずい沈黙が流れることがある
- 主体的な行動を期待しているということを口酸っぱく伝えメンバーが自分の意思でよし自分で手を挙げてみるかとなるのを根気強く待つ
- メンバーが手を挙げてくれたらそのことへの感謝を伝え本当に期待している行動であることを伝える
- こういった地道な活動がだんだんとチームを主体的で自律的な存在に変化させていく
- そういった変化を生み出すことやそれぞれの能力を引き出すことこそがAI時代においてEMに求められる重要なスキル
■ 12. まとめ
- 筆者が所属するチームで実際に行っているマネージャーに依存しないチームとしてのマネジメントの仕組みづくりについて紹介した
- マネージャーがボトルネックにならずチームメンバーそれぞれが主体的に動く自己管理型のチームは自分たちで壁を乗り越えていくしなやかさをもっている
- 本稿がそういったチームが増えていく一助になれば幸い