■ 1. AIがプロダクトに与える変化の認識
- AIがプロダクトを大きく変えると感じ従来と何が違うのかが気になってきた
- 投資家として海外を含むスタートアップやプロダクトを見る機会が増える中でAIを前提に設計されたプロダクトには従来とは明らかに異なる成功パターンがあるように感じている
- AIが中心となるプロダクトの設計には完璧な仕様を追い求める従来の手法とは異なる新しい姿勢が求められている
- プロダクトを完成させるのではなく変化し続ける前提で設計するという姿勢が必要である
■ 2. Cursorの事例とAIネイティブ設計
- AIコードエディタとして登場したCursorはVS Codeという巨大な既存プロダクトが存在する市場においてまたたく間に支持を集めた
- VS CodeにもGitHub CopilotをはじめとするAIサービスのアドオンを追加することはできAI機能そのものは利用可能だったにもかかわらずである
- Cursor以前のアプローチ:
- 既存のエディタにAIアシスタントを追加するというものだった
- これは従来のプロダクト開発の延長線上にある発想である
- すでに完成されたプロダクトが存在しそこに新しい機能を付け加えるという考え方である
- Cursorのアプローチ:
- AIがコアにあることを前提としてゼロからエディタを再設計した
- AIは追加された機能ではなくプロダクトの中心的な存在である
- リポジトリ全体をセマンティックにインデックス化し複数ファイルにまたがる変更を生成し開発者の意図を理解して自律的に行動する
- これはAIが完璧に機能するという前提に立ちワークフロー全体を再構築した結果である
- このCursorのアプローチが有効であることはその後GoogleがAntigravityという形で追従したことからも明らかである
■ 3. 決定論から確率論への転換
- AIネイティブプロダクトでは従来の仕様設計が限界を迎える理由の整理が必要である
- AIを機能として追加するのではなくプロダクトの中心に据えるという設計への転換が起きている
- この変化を一言で言えば設計対象が変わったということである
- ソフトウェアが決定論的な存在から確率論的な存在へと変わったことによって起きている
- 従来のプロダクト設計:
- 振る舞いを固定した完成物を設計する仕事だった
- 入力と出力の関係を定義し想定される状態やユーザーフローを網羅し意図した通りに動作することを保証する
- その前提にあるのはソフトウェアは設計者の意図通りに振る舞うべきだという考え方である
- 生成AIを中核に据えたプロダクト:
- 設計する対象は完成物ではなく学習し続ける存在になる
- プロダクトはリリースされた時点で完成するのではなく利用される中で振る舞いを変え進化し続けることが前提となる
- 学習し続ける存在とはどのデータを集めどの文脈でAIに渡しどのフィードバックを次の振る舞いに反映させるかという一連の仕組みを指す
- 設計対象の変化は単なる機能や実装の差ではない
- Cursorが示したのはプロダクト設計における根本的なパラダイムシフトである
- 従来のプロダクトは完成させて出荷するものだった
- 生成AIを組み込んだプロダクトはリリース後に学習し続ける生態系として設計される
■ 4. 変わる人間の役割
- テックリードやプロダクトマネージャーが何をすればよいのかという問いがある
- 答えは完璧な仕様を書くことではない
- 良い方向に学習する構造を設計することそしてプロダクトを進化させる仕組みを整えることである
- プロダクトはもはや完成させて出荷するものではない
- プロダクトはリリース後に学習し続ける存在である
- 人間の仕事はこの生態系が健全に進化するための構造を設計することである
- プロダクトマネージャーの役割の変化:
- 従来のプロダクトマネージャーは機能の門番だった
- どの機能を作るかどの順番で作るかどのように作るかを決める存在だった
- AIネイティブプロダクトを担当するプロダクトマネージャーは学習システムの設計運用責任者である
- 具体的にはAIモデルそのものを鍛えるのではなくどのデータや文脈を与えるかどのフィードバックを取り込みどの振る舞いを強化抑制するかといった学習が回る構造そのものを設計運用する役割を担う
- ここでの学習はモデルの再学習を意味しない
- 多くのAIネイティブプロダクトは自らモデルを開発していない
- モデルを持っている場合でも有料プランの利用ユーザーデータを直接モデル学習に使わないことがほとんどである
- それでもプロダクトは使われるほどに振る舞いを変えていく
- その違いを生むのはモデルの外側に設計されたデータ文脈履歴フィードバックの構造である
- つまりプロンプトなどのAIへの指示方法でありAIに参照させるデータとしてのコンテキストである
- 技術的にはRAGであったりMCPであったりする
- AIネイティブプロダクトでは前提条件が変わる
- 振る舞いを完全に制御できない以上問われるのは個々の機能ではなく学習がどう回りどう修正されるかという構造そのものである
- 人間に求められるのは何を作るかを細かく決めることではない
- AIがどのように振る舞いを変えていくのかその前提となる構造を設計し方向を調整し続けることである
■ 5. AIネイティブプロダクトにおける学習
- 人間が設計すべき構造が実際のプロダクトの中でどのように形になっているのかを見る必要がある
- AIネイティブなプロダクトにおいて人間がどこに介在し何を設計しているのかという問いがある
- AIネイティブエディタの例:
- リポジトリ全体がセマンティックにインデックス化されコードは単なるテキストの集合ではなく意味を持つ構造として扱われる
- 開発者がどのような編集を行ったかどの提案を受け入れどの提案を拒否したかといった利用の痕跡が継続的に蓄積される
- 重要なのはこれらが単なるログではなく次にAIを使う際の入力文脈として再利用される点である
- どの情報を参照させるかどの履歴を重ねるかといった判断は人間が設計した前提に基づいて行われる
- ここで起きているのはAIの中身が変わることではない
- 固定されたモデルはそのままにどの情報を参照させどの履歴を重ねどのフィードバックを次に活かすか
- その積み重ねによってプロダクト全体の振る舞いが変わっていく
- AIネイティブプロダクトは学習し続ける存在として設計されている
- 利用のたびに得られるデータが次の振る舞いに影響を与える
- モデルを自ら開発しないプロダクトであっても学習する構造を内包することは可能である
- この構造をどう設計しどう運用するかこそが人間に委ねられた最も重要な仕事である
- 超ざっくりとした設計イメージの例:
- AIが出した修正提案に対して開発者が採用したか拒否したかをログとして残す
- そのログを用いて次回以降の提案時に採用されやすい修正パターンを優先的に提示する
- 繰り返し拒否される提案パターンについてはルールやプロンプトを調整し出力されにくくする
- 重要なのは精度の高いアルゴリズムではない
- 提案から選択から次の提案に反映という学習のループが意図した方向に回るよう設計されているかどうかである
■ 6. データ設計における蓄積から循環への転換
- 学習し続ける存在をどのように作り上げていけばよいのかという問いがある
- 鍵となるのはデータである
- ただし生成AI時代において問われているのはデータの量ではない
- 従来のデータの価値:
- 蓄積にあった
- どれだけ多くのデータを集めたかどれだけ詳細な情報を記録したか
- データウェアハウスに大量のデータを保存し分析ツールで可視化する
- これがいわゆるデータ駆動型の意思決定だった
- 生成AI時代におけるデータの価値:
- 循環にある
- データは集めただけでは価値を生まない
- 利用され学習に回されAIの振る舞いを変えその結果として新たなデータが生まれる
- この循環が回って初めてデータは資産になる
- フィードバックループの設計こそがAIネイティブプロダクトの成否を分ける
- AIを導入してもフィードバックを回収せず学習に活かさなければプロダクトは賢くならない
- その結果プロダクトは学習する生態系ではなく固定されたツールのままにとどまる
- この循環が回り始めたときそれは強力な競争優位性となる
- 他社が容易に模倣できない独自のデータと学習ループがいわばデータモートとして機能する
- 生成AI時代においてはソフトウェアそのものの差別化は急速に難しくなっている
- AIがコードを書き機能実装の大部分を肩代わりしてくれるようになったことでソフトウェア開発の再現性は飛躍的に高まった
- オープンソースモデルや汎用APIの普及も相まって技術的な障壁は大きく下がっている
- 誰でも一定水準のAI機能を備えたプロダクトを作ることができるようになった
- だからこそ差別化の源泉はデータに移る
- ただし重要なのは独自のデータを持っているかではない
- そのデータを学習に回し改善のループを回し続けられているかどうかである
- 多くの企業はすでに独自のドメイン知識とデータを持っている
- 日本企業も例外ではない
- 問題はそれらが十分に循環していないことである
- 生成AIを既存業務に部分的に導入するだけではこの循環は生まれない
- プロダクトそのものをAIネイティブな前提で再設計する必要がある
- 新興企業の戦略:
- フィードバックループをできるだけ早く回すことである
- データの量が少なくても利用と改善の循環を高速に回すことができればAIは急速に賢くなる
- AIが賢くなればユーザー体験が向上しユーザーが増える
- ユーザーが増えればデータが増える
- この好循環がやがてデータモートを形成する
- Cursorの成長はそのことを端的に示している
- 独自データをすでに持っている企業にとってもフィードバックループを早く回すという考え方は同様に重要である
- 派手な先行事例が出そろうのを待っていては競争優位性は築けない
- 自社の事業にAIを組み込みAIネイティブなプロダクトへと転換していく
- そのための第一歩がデータを蓄積ではなく循環として設計し直すことである
- 重要なのはフィードバックの量ではなく向きである
- 誤ったシグナルを回せばプロダクトは高速に劣化する
- 人間は学習が向かう方向に最低限のガードレールを引く必要がある
- フィードバック設計の例:
- どの提案を評価対象とするのかどの操作を良いシグナルと見なすのかを最初からすべて自動化しようとしない
- 初期段階では人間が明示的にこれは良いこれは悪いと判断するポイントを絞り込む
- 学習が誤った方向に進まないよう制御する
- フィードバック設計とはそのための最小限の安全装置である
■ 7. AIネイティブプロダクトはAIネイティブな組織でしか作れない
- この話は技術の話だけではない
- 学習システムは個人の工夫や一部のチームの努力だけでは成立しない
- AIネイティブなプロダクトはAIネイティブな人と組織でなければ作れない
- 見た聞いた調べた範囲ではプロダクトに関わる人間がAIを理解していない組織でAIネイティブなプロダクトがうまくいった例はない
- AIネイティブ組織の特徴:
- 会議の中でこの挙動はモデルの限界なのかそれともコンテキストやデータ設計の問題なのかを議論できるかどうか
- KPIについても機能が予定通り完成したかではなく学習のループが回り振る舞いが改善したかを問う指標に置き換えられているか
- こうした具体的な問いが日常的に交わされているかどうかがAIネイティブ組織かどうかの分かれ目になる
- 論文を読めという話ではない
- 実際に使い自分の手で試し失敗し挙動の癖を体感しているかどうかが重要である
- AIをブラックボックスとして扱ったままでは学習する構造を設計することはできない
- 作る経験も欠かせない
- モデルを自作する必要はないがプロンプトやコンテキストデータの与え方ひとつで振る舞いが大きく変わることを身体感覚として理解している必要がある
- AIネイティブプロダクトとはAIを前提に思考し設計し試行錯誤できる人間によってのみ生み出される
- 意思決定の速さが何より重要である:
- 生成AIの進化は極めて速い
- 半年待てば状況は一変する
- このスピードに追いつくためには完璧な検討や合意形成を待っている余裕はない
- 試し学び修正するそのサイクルを回し続けられるアジリティの高い人と組織でなければAIネイティブな競争には参加できない
- これは組織の規模の問題ではない
- 大企業であろうとスタートアップであろうと条件は同じである
- AIネイティブプロダクトを作れるかどうかはAIネイティブな人と組織になれているかどうかで決まる
■ 8. 結論
- プロダクト設計とはもはや機能や画面を設計する仕事ではない
- 変化し続ける前提に立ち学習が回り続ける構造とそれを回し続けられる人と組織を設計する仕事である
- あなたのチームはどこまで機能の設計から学習する構造と組織の設計へと軸足を移せているだろうかという問いかけがある