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OSSは書き捨て御免が本来のはずで(そもそも「無償」とはそういうことである)、いつから開発者が...

OSSは書き捨て御免が本来のはずで(そもそも「無償」とはそういうことである)、いつから開発者が持続性に責任持たなきゃならなくなったのかな……と不思議に思っている。実際に社会がOSSで動くような力学はあるけど開発者が飽きたら終了、という出口は常にあった方がよい。

@odashi_t

気持ちはすごくよくわかるのですが、既にインフラになってしまったようなタイプのものについて誰が後をみるのかというのは考えないといけない気はしています(無償労働に寄ってたつインフラは不健全なのは倫理としてわかる一方で、マクロにみたときに難しいなとも)

@kmizu

それを考えるのはインフラとして依存している側の責任であり、個々の開発者ではない、という話でしょうね

@odashi_t

ただ、それはそれで他人事にするのはどうなのかなと感じもします。私たちは既に知らないところで膨大な他人の無償労働に「依存してしまっている」のであって。

@kmizu

開発者側に責任はない=OSSライセンスに同意した以上責任を追求してはいけない、という契約上の話と、個人的な誠実性の話は分けて考えないとおかしくなると思います。

@odashi_t

そこはおっしゃる通りですが、契約上責任を追求してはいけないということはその通りでも、同調圧力というか社会的圧力は厳然として存在するわけで、個人的な誠実性というよりそこを問題にしたい感じですね。

私個人としては責任を追求するべきでないと思いますが、それとは無関係に「社会はパワーバランスでしか動かない」という事実があるわけで。

@kmizu

後者の論理で動く人が開発者に「無償であることに同意しないなら貴方がたがこのソフトウェアを使用する権利はない」と言われたらどうするんでしょうね。

@odashi_t

予想としては、そんな論理知ったことか。もう社会はそれで動いてるでしょ?あたりでしょうか(表現としてはもうちょっとマイルドに「とはいっても、今それでもう回ってるんでは?」的に言うでしょうけど)。

力を背景にすれば論理なんて無力というか、逆に責任を(過度に)要求してくるなら、それを逆手に取る法廷闘争とか色々手段は考えられる気はしますが。

@kmizu

そういう高圧的な会社は逆に身を滅ぼすでしょうねぇ

それはともかく、寛容ライセンスの受託者責任は結論の出なかった裁判は1件(Turip Trading v Bitcoin Association)知っていますが、他に何かあるかしら…

@odashi_t