■ 1. AI以前のMetaのエンジニアリング文化
- "Move fast and break things"(2010年代):
- 2012年にFacebookは「Little Red Book(小さな赤い本)」を作成し、スピード・大胆さ・所有感を文化として体系化
- 「Done is Better Than Perfect」「Fail Harder」などのマントラをキャンパス全体に掲示
- "Move fast with stable infra"(2020年代初頭):
- エンジニアリング中心の文化で、個人の成果(impact)を重視
- プロセスや自動テスト、ドキュメント整備は少ない
- エンジニアは会社採用でチームを自由に選択できるBootcampが存在
- CEO Zuckerberg自身がエンジニアであり、エンジニアを利益の源泉として評価
■ 2. AIへの投資とエンジニアへの強制的な活用
- Llamaモデルの開発経緯:
- Llama 1(2023年2月)、Llama 2(2023年6月)、Llama 3(2024年4月)を順次リリース
- Llama 4(2025年4月)は期待を大きく下回る結果となる
- Scale AIに49%出資(148億ドル)し、CEO Alexandr Wangが参画
- 問題1 — キーストロークとマウス操作のトラッキング:
- 2025年4月末、全エンジニアにオプトアウト不可で導入
- AI学習データ生成を目的とする
- 英国では個人情報保護規制により未展開
- 強い反発を受け、後に30分単位での一時停止と適用除外申請が認められる
- 問題2 — エンジニアの強制的な再配置:
- エンジニアの30〜50%がADO org(Agent Data Optimisation)に強制移動
- ADO orgには約6,500人が所属し、うち約4,000〜5,000人がソフトウェアエンジニア
- Meta全体の約25,000人のうち、約1/5〜1/6がフルタイムでデータラベリングを担当
- 基盤チームやセキュリティチームで特に影響が大きく、優秀なエンジニアが多数移動
■ 3. エンジニアへの扱いと士気の低下
- 問題3 — 1ヶ月間の解雇予告:
- 2025年4月20日、Metaは10%のスタッフを解雇すると発表
- 実施まで約4週間、全社員が不安を抱えた状態が続く
- 問題4 — PSC(Performance Summary Cycle)による過度な競争:
- 管理職が報告者のランクを上げるために他チームのエンジニアを「落とす」行為が横行
- ビジネス影響、コードレビュー数、コード行数などのメトリクスの武器化が常態化
- 問題5 — AIトークン使用量のパフォーマンス評価への組み込み:
- トークン使用数がPSCで評価されるようになり、無目的に使用量を増やす「トークンマキシング」が蔓延
- Metaの全エンジニアが30日間で60.2兆トークンを使用(Anthropic API価格換算で約9億ドル相当)
- 結果 — 形式的な業務が実質的な業務を上回る状況:
- AI使用量を最大化し、人間の関与を最小化するよう最適化が進む
- 長期勤務のエンジニアが転職を検討・実行する動きが活発化
- 特に2025年5月以降、interviewing.ioなどの面接準備サービスへのMeta社員の登録が急増
■ 4. 史上最大の恥ずかしい障害
- 2025年5月30日のInstagramアカウント乗っ取り事件の概要:
- 攻撃者はユーザー名だけで任意のメールアドレスに確認コードを送信させ、アカウントを乗っ取ることができた
- 追加認証なしのパスワードリセットという根本的なセキュリティ欠陥が存在
- Obamaホワイトハウスアカウントを含む多数の高知名度アカウントが被害を受ける
- 発生背景:
- Instagram Trust and Safety Teamのスタッフが50%減少
- AI生成・AIレビューのみのコードが浸透しており、該当変更もその一つと見られる
- セキュリティチームの監視・アラート機能が機能不全に陥っていた
- 事後対応:
- 6月1日に復旧、6月2日にCISO(Guy Rosen)が退任を発表
- 2021年の7時間障害とは異なり、ポストモーテムや謝罪は公表されていない
■ 5. 社内の混乱
- 社員の不満:
- 数千名参加の社内ライブ配信で、AI担当幹部への罵倒を含む不満爆発の事件が発生
- ADO org(Applied AI team)内で「グラーグのようだ」との声が上がる
- CPO Chris Coxが全社員向けミーティングで「会社の狂気(insanity)」「ハリストームの中でのマラソン」と表現
- 経営陣の対応:
- CTO Andrew Bosworthは「AIリオーグは散々だった(atrocious)」と認めたが、AIコーチングツールの提供を約束するにとどまる
■ 6. 自傷行為としての経営判断
- Zuckerbergの意思決定:
- 記録的な収益・利益にもかかわらず10%の人員削減を断行
- Googleを上回る世界最大の広告事業になる勢いにあったにもかかわらず、コーディングLLMの構築を優先
- Scale AIのAlexandr WangによるMetaへの影響:
- キーストロークトラッキング、強制的なデータラベリング、優秀なエンジニアの再配置はすべてScale AIのアプローチに基づくとみられる
- Wangの専門はトレーニングデータ生成、データラベリング、RLHFであり、その手法がそのままMetaに適用されている
- 結果:
- Metaのエンジニアリング文化は実質的に終焉を迎えた
- 英国では一部の解雇が中止されたとの報告もある
■ 7. 「AIサイコシス」はMeta固有の問題か
- Mitchell Hashimoto(Ghostty作成者、HashiCorp創業者)の見解:
- 「AIサイコシス」に陥った創業者がAIの能力を過大評価し、合理的な対話が不可能な状態にある
- 「MTTR(平均復旧時間)さえ良ければよい」という考え方が蔓延し、システムの堅牢性が軽視されている
- バグ報告が減少しても潜在的リスクは増大し、テストカバレッジが上がっても意味的理解は低下する
- クラウド移行期のMTBF対MTTR論争と同様の教訓が繰り返されているとHashimotoは警鐘を鳴らす
- Instagramの障害はこの懸念を具体的に体現した事例:
- AI生成・AIレビューコードの品質基準低下が現実のセキュリティ侵害を引き起こした
- まとめと教訓:
- リーダーシップポジションにある者は、AI関連の大規模な組織変更を行う前にMetaの事例を参照すべき
- Metaからの人材流出は、他のスタートアップやBig Techにとって採用機会となる
- 「Move fast and break things」の文化が、皮肉にもMeta自身のエンジニアリングOpenTextに適用された形となっている