■ 1. 西和彦とビル・ゲイツの対立の背景
- 西和彦とビル・ゲイツは考え方の近さから「二卵性双生児」と言われた関係だった
- 両者の関係を決定的に悪化させたのは半導体を巡る路線対立だった
- 西はパソコンの基幹部品である半導体がソフト技術者にとって使い勝手が悪いと不満を抱いていた
- 西はマイクロソフトが自ら半導体を開発すべきだと訴えた
- ゲイツは当時同盟関係にあった米半導体大手インテルへの配慮もあり自社での半導体開発に否定的だった
- 半導体を巡る関係のこじれは修復不能になり、西は1986年にマイクロソフトを去った
■ 2. アスキーでの半導体開発と技術者育成への問題意識
- 失意の西が自ら創業したアスキーで心血を注いだのが半導体の開発だった
- インテルを超える国産半導体を目指した
- アスキーと三井物産で共同出資会社を設立し半導体開発に乗り出した
- 西はそこで技術者という壁にぶつかった
- 技術者の質、層の厚さが日本と米国では全く違ったと振り返っている
- コンピューター科学が発達する米国企業では博士号取得者が最先端の半導体を設計していた
- 日本ではそうした専門知識が軽視されていた
- 西は日本は米国のまねしかできない、教育から見直さなければならないと痛感したという
- ゲイツは天才として名高く、西もパソコン革命を先導した天才ともてはやされた
- 西は当時流行語だった新人類の代表格とされた
■ 3. 孫正義との関係とMSX規格を巡る対立
- 西と生まれた年が1年しか違わない新人類として孫正義がいた
- 孫は当時パソコンソフト流通大手・日本ソフトバンクのトップとして業界で急速に存在感を高めつつあった
- パソコン業界では西が作る天才、孫が売る神童と評され、両者は互いをライバルとして強く意識していた
- 1983年、西が打ち出したパソコンの世界共通規格MSXを巡り両者が正面からぶつかり合った
- 孫はソフト会社から利用料を取るのはおかしいと強く反対した
- 孫は独自の統一規格の策定に動き出しMSXに対抗する姿勢を鮮明にした
- 天才と神童の対立に慌てたパソコンメーカー幹部が事態の収拾に乗り出した
- 西と孫はホテルオークラの一室で話し合った
- 西が利用料などで譲歩し、孫が対抗規格を取り下げることで対立は沈静化した
- この騒動は2人の若手経営者がパソコン業界を動かしていることを世間に強く印象づけた
■ 4. その後の対照的な歩み
- 西と孫はその後曲折がありながらも対照的な道を歩んだ
- 西は90年代、アスキーが経営難に陥ったことで半導体の開発を断念した
- 肝いりだったインターネット事業も撤退に追い込まれた
- 次第にデジタル産業の表舞台から遠ざかっていった
- 孫は95年にヤフーを設立しインターネット革命の波に乗りIT業界の旗手として存在感を増していった
- 米大統領のドナルド・トランプらも一目置く世界的なビジネスマンになった
- 西は孫への思いを、後ろからものすごいスピードでスポーツカーが来てあっという間に追い抜いていったという感じで、事故を起こしたら大変だねとしか思わないと語る
- お金を稼ぐのが好きな孫と技術者堅気の自分は違うと述べている
■ 5. 現在の技術者育成への取り組み
- パソコン時代の寵児だった西は現在70歳である
- やる気は満々だがもう若くはないという西が今もうひと勝負かけたいと情熱を燃やすのが技術者の育成である
- 私財を投じ、デジタルや半導体の技術者を育成する日本先端工科大学(仮称)の設立に向けた準備を神奈川県小田原市で進めている
- 学校案内には当時、日本企業の実力は間違いなく世界のトップレベルにあり、グーグルもアマゾンも生まれる前、日本は世界に名だたるIT先進国だったとの一節がある
- その後、日本企業は半導体でもコンピューターでもインターネットの分野でもずるずると存在感を失っていったと続けている
- 西はデジタル敗戦からの再起をまだ諦めていない
- 西が大学時代から世界初のソフトやハードの開発に情熱を燃やしたように、やる気をうまく育めば世界で活躍できる人材はたくさんいると述べている