■ 1. 次世代OS開発チームでの停滞
- 開発チーム参加:
- ソフトウェア技術者の中島聡は、マイクロソフトの次世代OS開発チームに加わり、設計を担当することになった
- このチームは「本流」とされていたが、それまでと勝手が違った
- 進まない開発:
- 毎日「アイコンとは何か」といった哲学的な議論ばかりで、開発が全く進まなかった
- ソフトという製品を何より作りたい中島には、そうした議論が無駄な作業に思えた
■ 2. ウィンドウズチームへの異動
- 離脱の決断:
- 2年が過ぎ我慢の限界を迎えた中島は、次世代OS開発チームを離脱し、旧世代の「ウィンドウズ」を開発するチームへの異動を願い出た
- 周囲の反応:
- 同僚は口々に「なぜそんなバカなことをするんだ」と言った
- 当時ウィンドウズは、次世代OSが完成するまでの「つなぎ」と目されていた
- 次世代OSが世に出れば、旧世代のウィンドウズは消滅する運命にあるとされていた
■ 3. ウィンドウズチームでの中島の活躍
- 自由な環境:
- ウィンドウズチームで中島は息を吹き返した
- 同チームは以前いたチームと文化が全く違う、プログラム好きが集まる自由なチームだった
- 最高の職場環境を得て、中島は自分が理想とする直感的な操作をウィンドウズに組み込もうと試みた
- 導入された操作:
- ファイルを開くときの「ダブルクリック」
- ファイルを移動するときの「ドラッグ&ドロップ」
- メニューの一覧を呼び出す「右クリック」
- これらは中島の手によってウィンドウズに取り入れられ、今では広く普及している
■ 4. 次世代OSチームとの対立
- 敵対心の高まり:
- 旧世代の開発を急ピッチで進める中島に対し、次世代OSチームは敵対心を燃やした
- 次世代OSチームは、中島が次世代OSのアイデアを盗みウィンドウズに持ち込んでいると社内で批判した
- 次世代OSチームは社のトップであるビル・ゲイツに直談判し、ウィンドウズの開発を中止するよう訴えた
- 中島の立場:
- そもそも次世代OSの構想は、中島が最初に作った試作ソフトが基になっていた
- 中島には「アイデアを盗んだ」などと非難される覚えはなかった
- 次世代OSチームとウィンドウズチームの対立は、マイクロソフト首脳陣を巻き込む大騒動に発展した
■ 5. 取締役会での決着
- 双方の主張:
- ゲイツら幹部が勢ぞろいする取締役会で、次世代OSチームの代表者とウィンドウズチーム代表の中島が意見を戦わせた
- 次世代OSグループは、中途半端なものを出されては困るとして、次世代OSの開発を待つべきだと訴え、ウィンドウズの開発中止を経営陣に迫った
- 中島は、ウィンドウズはもう試用版まで完成しており、何としても出したいと訴えた
- ゲイツの決断:
- 両者の言い分を聞いたゲイツは一旦席を外し、5分ほどで戻ると結論を告げた
- ゲイツは、ウィンドウズはこのまま発売し、次世代OSチームは解散するとの結論を下した
- ゲイツは次世代OSの開発を中止し、傍流だったウィンドウズをOSとして残すことを決断した