■ 1. シリコンバレーという答えからの離脱
- 海外思想の流入:
- 海外のスタートアップやテクノロジーの思想が日本に次々と入ってきている
- ピーター・ティールが現代アメリカを理解するキーパーソンだと繰り返し紹介されている
- 『テクノロジカル・リパブリック』が話題となり、国家とテクノロジー企業の関係についての論考も多く紹介されている
- 2010年代に輸入したもの:
- シリコンバレーで語られる未来予測のナラティブ
- 先端的なエンジニアリングのプラクティス
- リーンスタートアップ、デザイン思考、OKRといったビジネスの方法論
- 2020年代後半に入ってきているもの:
- テクノ楽観主義、効果的加速主義、暗黒啓蒙といった思想群
- 国家、防衛、統治にかかわる事業
- 参照モデルの終わり:
- 2010年代のシリコンバレーは少し先の未来がある場所として扱われた
- 様々な事業は「シリコンバレーという答え」を参照し、その答えの中で使えるものを使う形で動いてきた
- 桁違いの資本を持ち中身も変質していくシリコンバレーを見ると、もうそれはできないし、そうすべきでもない
- 離脱の射程:
- シリコンバレーの技術や事業から学ぶべきものは今も多く、これからも参照は続けるべき
- そこで頑張る人たちを否定する気はなく、資本主義の競争から降りるべきでもない
- 立てられた問いと答えを一組で受け取り、そのコンセプトや事業を日本でも参照すべき答えとみなすことは難しくなりつつある
■ 2. 2010年代の前提の崩壊
- 経済と政治の再融合:
- 2010年代まで多くの事業体は思想を意識せずに済む自由市場で活動していた
- 経済と政治は基本的に分離されており、そうあるべきだと考えられてきた
- その分離の前提には、自由市場とグローバリゼーションという新自由主義的な価値観が暗黙に共有されていた
- 前提が崩れた帰結:
- 前提が機能しなくなり、各国の内政が不安定になってきている
- 急進右派や急進左派と呼ばれる政治団体が台頭している
- 各国で産業政策や関税が採られ、政治と経済が再び融合しつつある
- スタートアップという最前線:
- 市場構造の変化に伴い、国内外のスタートアップが注目する事業も移り変わり、防衛はその一種
- スタートアップは海外の技術と資本の言葉を早く受け取り、「次に来る市場」として紹介する
- 投資と起業を通じて正統化する機能を持ち、その動きを感知する最前線にいる
- 2010年代に高まったスタートアップへの注目をうまく使い、国家や統治にかかわる思想やナラティブが日本へ入りつつある
- これまではシリコンバレーの未来像から日本で使える技術や方法論を選べたため、問いを立てる必要は今ほど強く意識されていなかった
■ 3. 実業を伴って入ってくる思想
- Palantirと『テクノロジカル・リパブリック』:
- 単なる事業でも単なる思想書でもない
- 著者の一人でCEOのアレックス・カープは、米国と同盟国が優位を保ち自由を維持するため、ソフトウェア産業が国家的課題へ向き直るべきだと論じる
- その国家的課題にはAI開発競争が含まれる
- カープはそのうえで日本を含む各国で事業を展開している
- Palantirは2025年の米政府への政策提言で、自社の仕事を米国の国益とその文明を支えるものと位置づけた
- 同提言で米国がAIの国際的な議論と制度形成を主導すべきだと主張した
- 技術と事業という実体を持った思想:
- 従来のスタートアップシーンや思想シーンとは異なる形で流入している
- 安全保障をテーマに、哲学などの人文知・教養をまとった形で入り込みつつある
- Palantir以外の担い手:
- Palantir1社だけが特別というわけではない
- a16zのAmerican Dynamismは防衛、公共安全、製造、教育など米国の国益に関わる領域を投資対象として明示している
- そうしたVCから投資を受けたAndurilなども日本に入ってこようとしている
- これは思想、企業、資本、国家政策が接続された動き
- 採用に伴う思想の同時流入:
- 表面的かつ第一義的には、どの技術やサービスを採用するかという問題
- こうした事業群は「なぜそれをやるのか」という規範的な世界像から丸ごと束ねて供給されてくる
- 技術やサービスを採用すると、裏にある思想や統治の方法が調達や運用の前提として同時に入る
- 選別の必要性:
- 防衛力や抑止力の観点から採用せざるを得ない部分もある
- その場合でも機能を選別し、どこまで受容しどこから拒否するかを価値基準に照らして考えなければならない
- これらは日本の思想を実装へつなぐ回路の空白を突く形で入って来ており、油断すれば無自覚に全面受容しかねない
■ 4. 米国における思想・資本・政策の合流
- 問いを立てる組織の層:
- 米国では大学、政府研究費、財団、シンクタンクという問いを自分で立てる組織が国家と市場のあいだに確保された
- それらが競争しながら思想を鍛え上げ、近年はVCの存在感が高まった
- VCの基本機能:
- 将来像を投資テーゼへ変換する
- それを物語として語ることで資本と人材を集め、配る
- a16zの統合モデル:
- 資金配分に加え、メディアを持ち、本を出し、採用を支援し、政策へ働きかけることまで同じ組織に持ち込んだ
- 投資仮説を公開し、有望な創業者、専門人材、LP、共同投資家を特定の領域へ集める
- 投資先が属する市場そのものを形成しようとする
- 将来像の翻訳と資本の配分と発信が、同じ主体によってなされつつある
- アベイラビリティ・カスケード:
- マーク・アンドリーセンはクランとサンスティーンが提唱したこの概念で自らの発信戦略を説明している
- ある話題は語る人が増えるほど重要で確からしく見え、それがさらに語る人を増やす
- クランとサンスティーンはこの自己強化の仕掛け役を「アベイラビリティ・アントレプレナー」と呼ぶ
- アンドリーセンはこの概念をスタートアップ創業者にも当てはめ、社会の注目の焦点そのものを設計しようとする
- シリコンバレーからの未来予測の輸入は、日本がこのカスケードの下流に位置してきたことの一つの現れ
- 現在進行形の防衛テックの日本での受容もその一種
- 思想の資本主義化:
- 思想が先にあり資本がそれに従ったという単純な順序ではない
- 大きくなった資本は、リターンを得るために自分と同じサイズの大きな将来像やストーリーを必要とした
- 1兆円のファンドを作れば、時価総額10兆円や100兆円の規模になりうる事業とストーリーが要る
- その結果、国家や人類規模の課題と接続せざるを得ない
- 思想が資本を動かしただけでなく、大きくなった資本もまた大きな思想を必要とするようになった
- オリガーキーへの警告:
- 投資から政策関与までを少数の組織が担う現在の米国の状況は、この延長線上にある
- バイデン大統領は退任演説でオリガーキー(寡頭制)が形成されつつあると警告した
- 米国VCの特異性:
- a16zやティールは米国VCの平均ではない
- 他の国に、投資テーゼを超えた思想を書き広めるVCはほとんど見当たらない
- VC全般が危険だと言いたいのではない
- VC資金が一部の力を持つファンドへ集中する構造はあり、2025年には上位10ファンドが米国VC調達額の32.9%を占めた
- 特異なのは思想を資本の回路へ組み込み、その一部が膨張している米国のほう
- 実装力をまとう思想:
- 書かれた思想は大きな資本力を持ち、他の国の思想にはない実装の力をまとって入ってくる
- 米国では思想を書く人、資金を配る人、企業を作る人、製品を導入する人、政府へ政策を提案する人が接続している
- 「成功した創業者」という具体例があるからこそ、その思想は説得力を持つ
- 無批判な受容の危険:
- 米国の思想がすべて悪いわけではなく、問題はそれを日本が無批判に受け取ること
- 現在の米国のテクノロジー思想は、米国固有の政治、産業、安全保障上の問題への回答でもある
- 思想の受容とは、提示された答えだけでなく、その答えが前提とする問題設定、制度、優先順位まで取り込むこと
- 米国固有の問題への回答を前提ごと輸入すれば、日本の条件に合わない判断基準まで受け入れかねない
■ 5. 論評的受容の限界
- 2つの受容様式:
- 思想を理解し、位置づけ、批判して完結する受容が論評的受容
- 思想を自分の意思決定の前提に組み込む受容が実装的受容
- 同じ本を読んでも、書評を書くのが前者、投資テーゼや事業計画を書き換えるのが後者
- 日本の反応の現状:
- ティールや加速主義への日本の反応は、書評、解説、警告という論評的受容でほぼ終わっている
- これは能力の欠如ではなく、批評の伝統が育てた論評の能力の高さの現れ
- 論評で止められないもの:
- 論評は選別の第一歩であって、選別の軸そのものではない
- 「で、あなたはどうするのですか」という問いに、論評や分析はヒントを与えるが答えてはくれない
- アベイラビリティ・カスケードの中では批判も語る人の一人に数えられ、話題の重要性を高める側に回りかねない
- 論評だけでは、注目と資本の動員も個々の導入判断も止めることは難しい
- 対案の不在:
- 選別には比較の対象が必要
- 入ってくる思想が答えようとする問題に自分たちならどう答えるかという対案があってはじめて、受け入れる部分と拒否する部分を判断できる
- 対案がなければ選別は成り立たず、丸ごと受け入れるか丸ごと拒否するかの二択に近づく
- 空白の所在:
- 日本には豊かな批評や思想の語り手がいる
- その語りの多くは従来の批評や思想の領域にとどまり、技術、安全保障、産業の領域をまだほとんど覆えていない
- 出てきている担い手もごく少数にとどまる
- 空白なのは論評の能力ではなく、入ってくる思想と同じ土俵に立つ対案のほう
- 回路の空白がもたらすもの:
- 回路に載せるべき対案そのものが乏しい
- 対案を語る人と、調達し導入する人との接続もない
- 米国の思想は論壇で批判されるものの、現場では無自覚に実装されることが起こりえる
■ 6. 自前の問いと対案の構築
- 事業と政策が固まる前に示すこと:
- 思想の検討は、事業や導入の後に行う批評では足りない
- 何を作り、何を購入し、どの能力を国内に持ち、どの判断を外国企業へ委ねないかを事前に示す必要がある
- 論評にとどまらず、実体を持つ事業としての対案も増やしていく必要がある
- 担い手の広がり:
- これは論壇だけの仕事でも、政府だけの仕事でもない
- 防衛やインフラの調達にかかわる組織は、海外製サービスのどの機能を受け入れどこから拒否するかの選別基準を導入前に持ち、議論する必要がある
- 対案となる事業を作ることで、価値基準の違いを分かりやすくできるかもしれない
- 問いを先に立てる:
- 米国から入ってくる答えを選別するだけでは足りない
- 日本側で、自分たちが直面している問題は何か、何を守り何を変えたいのかという問いを先に立てる必要がある
- 本来は社会保障などの問題を解くべきなのに、アベイラビリティ・カスケードで別のところへ過剰に注意が向けば、解くべき問題と資源配分を間違う
- 持つ問いを間違えば、その答えの有効性は激減する
- 問いを立てる力の育成:
- 自前の問いがあれば、海外から入ってくる技術や事業をその問いに従って評価できる
- 日本にとって何が問題かを決めるところまで米国側に委ねれば、日本側で問いを立てる力は育たない
- シリコンバレーという答えから離れる意味:
- シリコンバレーから学ぶことをやめることでも、米国の技術や思想を単にすべて拒否することでもない
- そこで立てられた問いと答えを丸ごと受け取るのではなく、自分たちで問いを立てる
- その答えの一部としてシリコンバレーの技術や思想を選び直し、それを活かして私たちの問題を解く
- 向かうべき方向:
- 論評的受容から実装的受容へ進むこと
- 回路の空白を日本側から埋めていくこと
- 日本の国家や産業の構想・思想が今必要であり、それは私たちが何者でありたいのかを考える機会ともなりうる