■ 1. 議論の前提
- NRIの中期経営計画での指摘:
- AIによるコーディングが進むことでSIerの必要人員数が減少し、成長が縮小するのではないかという懸念が一部にある
- 大規模・ミッションクリティカルなシステム開発において、非機能要件の整備・実装や複雑な合意形成は汎用AIのみでは実現が困難
- 売上目標:
- 2025年実績の8,147億円を、2028年には9,500億円へ伸長させる
■ 2. 生成AI導入後の現場の変化
- PoCを終えた次の段階:
- AIの開発への組み入れはすでに前提であり、品質を保ちながら生産性をいかに引き上げるか、開発業務をどう最適化するかを考えるフェーズにある
- 生産性向上の桁が変わった:
- 従来の生産性向上は年に数%の改善を積み上げ、何年もかけて成果を刈り取る世界だった
- 生成AIの導入後はコーディングやテストの領域を中心に、工程によっては生産性が2倍、あるいは10倍という事例が実際に出ている
■ 3. 意外と変わらなかったもの: エンジニアリングの基礎体力
- AIで従来スキルが不要になるという見方は実態と逆:
- 社内でAIを使って大きな成果を上げているプロジェクトの背景には、共通して高いスキルを持つエンジニアや成熟した開発組織が存在する
- 地力がAIの成果を増幅する:
- AIが出力したコードの妥当性をその場で見抜ける人、要件を破綻なく構造に落とし込める人ほど、成果が何倍にも増幅される
- 土台がない場合はAIの出力が正しいかどうかすら判断できず、かえって振り回される
- 最も差が出る能力:
- 個別のタスク能力よりも、開発プロセス全体のどこにAIを効かせるかという勘所
■ 4. 非機能要件が汎用AIだけでは困難な理由
- 非機能要件の本質は意思決定:
- さまざまな事情や要件のうち何に重点を置くかという意思決定に近いものである
- 対象領域の性質:
- 手がけるのは基本的にミッションクリティカルで大規模・複雑なシステムである
- ミッションクリティカルとは失敗が許されるかどうかであり、ひとつの障害がそのまま社会的な事故につながる領域を指す
- 証券会社のバックオフィスや銀行の勘定系のように、止まれば取引や決済に直接影響が及ぶシステムが該当する
- そこには、いろんな人、いろんな組織、いろんなビジネスが複雑に絡み合っている
- 技術的な正しさだけでは答えが決まらない:
- どの非機能要件をどこまで満たすべきかは、プログラムが仕様どおり正しく動くかという技術的な正しさだけでは決まらない
- 非機能要件はトレードオフの世界:
- 可用性を極限まで高めようとすれば、その分コストも期間もかさむ
- セキュリティの統制をきつくすれば、現場での使い勝手が落ちる
- 大量のアクセスをさばくために処理を並列化してスループットを上げれば、メモリやCPUを消費してコストが膨らむ
- 逆にコストを絞れば、ピーク時の応答性能が犠牲になる
- トレードオフの折り合いは人間が調整する領域:
- あちらを立てればこちらが立たないという関係があちこちにあり、どの水準で折り合わせるかは人間が関係者の間に立って調整しないと決まらない
■ 5. 前提を定式化してAIに渡すことの難しさ
- 判断の根拠が明文化されていない:
- 現場のエンジニアは、顧客がその事業で将来どんな姿を目指しているのか、対象となるマーケットが今後どう動いていくのかといった背景を踏まえて日々の意思決定を行う
- こうした背景はどこにも明文化されておらず、現状ではAIに渡しきれない情報ばかりである
- この条件で最適な答えを出してほしいと丸ごと委ねるのは、今の段階では難しい
- 言語化のコストが割に合わない可能性:
- 仮にすべて定式化して渡せるとしても、膨大かつ時系列で変化していく暗黙知を一つひとつ言語化する作業のほうが、AIに任せて浮くコストよりも大きくなってしまうかもしれない
- 構造的な背景は多目的最適化:
- 最適解が1つに決まる問題なら、AIは比較的スムーズに解決策を導ける
- 世の中の問題はトレードオフの壁が立ちはだかるものが多い
- 今回はどれを優先するかを関係者と会話しながら決めていく能力は、今の時点では人間のエンジニアのほうが長けている
■ 6. あくまで現時点の判断という留保
- AIの進化速度の予想は困難:
- どんな進化を遂げるかを正確に予想するのは困難である
- すでにAIに任せられる範囲:
- 要件が固まっており、このテーブルはこの検索が多いからどうインデックスを張るかといった、範囲が限定されて答えの筋がある程度見えている設計であれば、今でもAIで効率化する手はいくらでもある
- AIに任せられる範囲は今後さらに広がると考えており、期待もしている
- 全面代替の見通し:
- 大規模でミッションクリティカルなシステムの非機能要件が丸ごとAIで代替できる未来が近いうちに起こるとは、今は考えにくい
- 現実的な未来像:
- データベースには以前から、クエリの実行計画を見て統計情報をもとに最適なインデックスや実行経路を選ぶ自動チューニング機能がある
- フロンティアモデルの汎用AIが既存の製品やサービスを丸ごと置き換えるのではなく、日々用いるデータベースやミドルウェアといった基盤にAIが少しずつ溶け込み、ツールとして高度化していく
- AIが課題を解決しうる能力を獲得した場合の姿勢:
- 大規模でミッションクリティカルなシステムを扱ってきた自分たちこそが、先んじてそのようなAIエージェントを開発し実用化したい
■ 7. 内製化が進んでも需要は減らない
- 内製化の判断は顧客のもの:
- 内製化するかどうかの意思決定は顧客が判断することである
- 仮に内製化が進むにしても、事業にとって不利な状況になるとは捉えていない
- スポット単位の開発は顧客側で進む:
- ひとつの部門の問い合わせ対応をAIで自動化する、これまでExcelで手作業していた集計や資料づくりをAIに任せるといった開発は、ユーザー企業側の手でどんどん実現されていく
- それは顧客のビジネススピードの加速につながるため、歓迎すべきことである
- 大規模化が4象限の移動を生む:
- つくられたものが大規模化すると、既存の基幹システムとつなぎたい、一部門だけでなく全社で本格的に使いたいという話が出てくる
- これは小規模・シンプルな領域から、大規模・ミッションクリティカルな領域へ少しずつ近づいていくことを意味する
- 顧客だけでは担いきれない部分:
- 全社の基幹データにつなぐ際は、権限のない社員が機微なデータにアクセスできないようにするセキュリティや統制の設計が欠かせない
- 長年動いてきた既存システムと矛盾なく連携させる必要がある
- 止まれば取引や決済に響くため、簡単には止まらないつくりにしなければならない
- 顧客のシステムならではの癖や特性があり、日々の大切な業務もある
- この背景を解き明かしシステムに実装する人間臭い作業は、汎用AIだけでは解きにくい領域である
- 担う領域そのものが異なる:
- 今後顧客が自ら担う範囲が広がっていく領域と、従来得意としてきた領域は、4象限で見ると位置が異なる
- 新たにシステム化の対象となるのは不定形業務:
- 顧客がAIの進化を受けてシステム化できるのではと考え始める領域は、発生頻度が低い、進め方の形が定まっていないなどの理由で、そもそもこれまでシステム化の需要が見込めなかった不定形な業務であることが少なくない
- 本格的にシステム化しようとすると、まずどう整理すればいいのかという壁が立ちふさがる
- 長い時間をかけて積み上がった業務プロセスやフローでは、どの業務がどこにどうつながっているのか全体像を見通しにくくなっていることが少なくない
- そこを解きほぐすには相応の経験が要り、DXという言葉が広まり内製化に取り組む動きが増えた時も同様の相談を数多く受けた
■ 8. 工数削減と売上増の両立
- 工数削減目標:
- 中期経営計画では、FY2030へ向けAI駆動開発によって工数を最大50%削減すると掲げている
- 対価の源泉はコーディング作業ではない:
- 単にシステムのコーディングだけを行い、純粋なプログラミングの作業代として対価を得ているわけではない
- 顧客とどんなビジネスをつくるかを考える川上の部分と、堅牢で長く使えるものをどう設計し品質を担保し安全に運用し続けるかという川下の部分のほうが、市場からの評価要素としてポーションが大きい
- 純粋にコードを書く作業の比率は下がっても、企画から運用まで伴走し続けるスパン自体は変わらない
- 複雑さへの対処需要はむしろ増す:
- AIエージェントが高速でコードを生み出すようになるほど、単位時間あたりに向き合う複雑さと、それらに対処していくことへの需要は増している
- 複雑さを引き受けて大規模なシステムをつくり動かし続けるという提供価値は、今後も変わらない
- 工数減と売上増は両立する:
- いちプロジェクトにかかる工数は減っても、プロジェクトの総量としてのシステム開発需要はこれまで以上に増えていく
- むしろ増えていく需要をさばくために、一つひとつの開発にかかる作業を減らさないと追いつかない
- システム化できる領域の拡大:
- AIにより開発効率が上がることで、システム化できる領域そのものが広がるインパクトは非常に大きい
- 事業構造の見立て:
- 従来型のコーディングのように自動化が進んで工数が減る領域がある一方、AIを背景に新たに増える開発需要はより高難易度で付加価値の高い領域である
- 売上として減っていく分よりも増えていく分のほうが大きく、しかも価値が高い事業構造になっていく
■ 9. 人材の育ち方
- 経験を積む場を組織的につくる:
- 大規模システムの刷新プロジェクトに戦略的にアサインするなど、経験を積める場を組織的につくる工夫が必要ではないかという議論を現在行っている
- AIがあるから人が育たないわけではない:
- AIを使って実装に臨むとトライ&エラーを高速で回せる
- 結果として1〜2年目で驚くほど伸びる若手も出てきている
- 問われる専門性が変わる:
- コードや設計の多くをAIが担うようになっても、取り組むことの中身が変わるだけである
- エンジニアの専門性は、AIをどう使いこなし成果を出させるかという部分が問われるようになる
- シン・ジェネラリスト:
- 数年前のレポートで、今後は幅広い知識でAIをマネジメントする人材像が求められると予想した
- それがいよいよ現実になりつつある
■ 10. 過渡期に対する展望
- 悲観していない:
- 数か月先も読めないVUCAの時代に突入しているが、ワクワクもしている
- ものづくりのハードルが下がった:
- やりたいことがある人には本当にいい時代になった
- 社内ではエンジニア以外の部門でも、これをつくりたいという声が次々と形になり始めている
- 試すことが許容される空気感:
- 求められたものだけを成果物として納めるに留まらず、こんなことができるのではないかというアイデアを試すことが許容されやすい
- 自分で考えるエンジニアほど面白がれる時代になっていく