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カレン・バラドのアジェンシャル・リアリズムとは?量子論から読み解くポストヒューマン倫理

要約:

■ 1. アジェンシャルリアリズムの基本的問い

  • 観察が世界を変える: 世界を観察するという行為が、その世界自体を根本的に変えてしまうのではないかという量子物理学が投げかける謎である
  • バラドの答え: 物理学者かつ哲学者であるカレン・バラドがこの問いに対して力強くイエスと答えた
  • 常識の転覆: その答えは私たちが現実はこういうものだと思っていた常識を文字通りひっくり返すインパクトを持っていた

■ 2. 量子力学の不思議な世界

  • 二重スリット実験: 有名な実験で電子のようなミクロな粒子は誰も見ていない時(観測していない時)は波みたいにもやっと広がって振る舞う
  • 観測による変化: 測定機を設けて観測した途端にカチッと粒子として1つの点に姿を表す
  • 観測の影響: 私たちの見るという行為がそこにあるもののあり方そのものを決めてしまっている
  • 常識を揺がす入り口: この不思議な事実こそが私たちの常識を揺がす入り口になる

■ 3. 世界は関係性から生まれる

  • 独立した物の集まりではない: この世界はりんごや机といった独立したものの集まりではない
  • 関係性からの誕生: あらゆる存在は切り離すことができないもつれ合い、つまり関係性の中から初めて生まれてくる
  • 知ることと存在することの絡み合い: 知ることと存在することは本質的に絡み合っていて分けることができない
  • オントエピステモロジー: 私たちが何かを知ろうとする行為そのものが、その何かの存在の仕方を形作っているという概念である

■ 4. インタラクションとイントラアクションの違い

  • インタラクション(相互作用): 私たちが普段使っている考え方で、まずあなたと私という別々の存在がいて、その2人がお互いに影響を与え合う
  • イントラアクション(内部作用): バラドが提唱する概念で、まず関係性・もつれが先にあって、その関係の中から初めてあなたとか私という個別の存在が生まれてくる
  • 思考の順番の逆転: 物が先にあって関係が生まれるのではなく、関係が先にあって物が生まれるという順番の完全な逆転である
  • もつれ合いのプロセス: もつれ合ったもの同士がお互いを形づくっていくプロセスそのものであり、主体とか客体という区別はこの関係性が生まれる前には存在しない

■ 5. ダンサーの比喩

  • 役割の事前不在: 踊りが始まる前にリードする人とフォローする人が別々にいるわけではない
  • 関係からの役割誕生: 2人が一緒に踊り始める中で初めてそういう役割が生まれてくる

■ 6. 境界線の溶解

  • 新しいレンズでの世界: イントラアクションという新しいレンズを通して世界を眺めると、当たり前だと思っていたいろんな境界線が蜃気楼みたいに次々に溶けていく
  • 主体と客体の境界: 見る側(主体)と見られる側(客体)という鉄壁だと思っていた境界線が溶けていく
  • 共に生まれる存在: これらは元々別々に存在しているのではなく、観察という1つの現象の中で初めて一時的に切り分けられて共に生まれてくる存在である

■ 7. 世界観の転換

  • 伝統的な見方: 世界は完成品の物で満ちていて、私たちはそれをただ発見する探検家だった
  • アジェンシャルリアリズムの見方: 世界は関係性の網の目そのもので、私たちはその網の目を織りなす一員として世界の創造にまさに参加している
  • 発見から参加へ: 世界を発見する存在から、世界の創造に参加する存在への転換である

■ 8. 客観性の再定義

  • 伝統的な客観性: どこか遠くから神様みたいに世界を正しく見ることが客観性だった
  • バラドの客観性: 私たちが世界をどういう風に切り分けて、どういう風に測定したのか、その行為が残した痕跡に対してきちんと責任を負うことこそが本当の意味での客観性である
  • 責任としての客観性: 客観性は中立的な観察ではなく、行為への責任を負うことである

■ 9. エージェンシー(行為能力)の拡張

  • 人間だけの特権からの解放: エージェンシーを人間だけの特権から解放する
  • 関係性から生まれる作用: エージェンシーは関係性から生まれる作用そのものである
  • 非人間のエージェンシー: 人間だけでなく動物や物(科学の実験装置)でさえも世界に変化をもたらすエージェンシーを持っている

■ 10. レスポンスアビリティ(応答責任)

  • 言葉の構成: レスポンス(応答)とアビリティ(能力)をくっつけた造語である
  • 意味: 責任を引き受けて応答する能力である
  • 倫理的呼びかけ: 私たちは世界の構成にどっぷり関わっている以上、そのあり方に対して応答する責任があるという倫理的な呼びかけである

■ 11. 倫理的結論への4つのステップ

  • ステップ1(前提): 私たちは世界から分離した傍観者ではなく、その一部である
  • ステップ2(行為の力): 私たちのあらゆる行為は現実をある特定の形に切り分ける力(エージェンシャルカット)である
  • ステップ3(決定力): その切り分け方によって何が現実として現れて何が歴史から排除されるかが決まってしまう
  • ステップ4(責任): 私たちは自らが作り出すのに加担しているその世界に対して責任を負わなければならない

■ 12. 現代社会への実践的意味

  • 気候危機への示唆: 私たちが地球という環境と切り離せないもつれの中にあることを痛いほど感じさせる
  • AI開発への視点: 人間とテクノロジーがお互いに影響を与え合って共に現実を作り上げていくという視点が絶対的に必要である
  • 責任ある参加者: 私たちが無垢な観察者なんかじゃなくて世界のあり方に深く関わる責任ある参加者であることを力強く教えてくれる

■ 13. 最終的な問いかけ

  • 世界への関与の自覚: もしあなたが見て測って関わる世界のその一部であるとしたら、あなたは今日一体どんな現実を作り出す手助けをしているのかという問いである
  • 能動的参加の認識: 世界を観察するだけでなく、世界を作り出すことに参加しているという認識を促す問いである