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超選択則と隠れた変数:量子力学における「実在」の否定について

要約:

■ 1. 局所実在性の否定とノーベル物理学賞

  • ベル不等式の破れ: 「そこにモノがある」という局所実在性の考え方は、ベル不等式の破れが見つかった実験で否定された
  • ノーベル賞受賞: この局所実在性否定の成果は2022年のノーベル物理学賞の対象となった
  • 量子力学の本質: 「実在」の否定の実証により、量子力学は実在論的理論ではなく情報理論の一種であることがよりはっきりとしてきた

■ 2. チレルソン不等式と量子力学の正確性

  • 理論的予言: チレルソン不等式は量子力学の理論的な予言であり、現在までの実験でも精密に成り立っている
  • 量子力学の検証: 実験は非決定論的で非実在論的な量子力学という理論の正確さを同時に示している

■ 3. 隠れた変数の定義と否定

  • 実在性否定の意味: 物理学での実在性の否定とは、隠れた変数が存在しないということを指している
  • 隠れた変数の概念: あらゆる物理量の背景には、実現可能な複数の値(多くの場合は連続的な値)の中から、各時刻にはっきりとした値をとる実在的な何かがあるとする前世紀の理論で論じられていたものである
  • 決定論的法則: その変数の値の時間的変化は決定論的な法則で決まっていて、過去の初期条件だけから決まると考えられていた
  • 古典力学との対応: 隠れた変数とは、古典力学での粒子の位置座標や速度などのような「実在」と呼びたくなる対象である

■ 4. ベル不等式の破れによる帰結

  • 局所的隠れ変数の否定: ベル不等式の破れが実験で確認されたことにより、「そこにモノがある」という考え方の根拠だった局所的な隠れた変数の存在が否定された
  • 非局所的実在論の問題: 「実在」をまだ信じるには、本当は決定論的なのに敢えて宇宙の端と端で口裏を合わせて自然界が人間を騙しているとするような非局所的な陰謀論としての実在論しか生き残っていない
  • チレルソン不等式の説明不能: 仮にベル不等式の破れを許容する非局所的な実在論を考えても、量子力学を人類に信じ込ませるように何故自然がチレルソン不等式を満たす振る舞いをするのかについての合理的な説明はこれまで一切ない

■ 5. 情報因果律と局所性の重要性

  • 情報因果律からの導出: 量子力学自体を使わずとも情報因果律という局所性の性質だけからチレルソン不等式は導ける
  • 局所性の重要性: この事実をごく当たり前に受け止めれば、局所性こそが自然界の重要な法則であり、その結果として実験での局所実在性の否定はそのまま実在性の否定であると理解できる
  • 観測者依存性: ある状態において光子などのモノが存在するしないは、観測者や測定方法に依存する
  • 情報理論の本質: それが情報理論としての量子力学の本質的な性質である

■ 6. 実在感覚の起源

  • 実在の幻想: 我々は生まれてから現在まで「実在」というものを肌で感じてきたが、量子力学はそれが「幻」だと言っている
  • 保存則の経験: 我々が「実在」を感じているのは原子数などの物理量の保存則の経験からきている
  • 保存則の破れ: 多くの物理量の保存則はミクロの世界や高エネルギー領域では壊れている
  • ゲージ電荷保存則: 現時点までの実験で破れていない保存則として、ゲージ対称性に基づいて出てくるゲージ電荷の保存則が知られている

■ 7. ゲージ電荷と電荷保存則

  • 電荷の例: ゲージ電荷の簡単な例として、電気の源となる電荷がある(電子はマイナスの電荷、陽子はプラスの電荷を持つ)
  • 保存則の実験的確認: この電荷は様々な素粒子反応の実験でもその合計量が保たれる保存則を満たしている
  • 隠れた変数との違い: 電荷が「隠れた変数」になるのではないかという問いかけは自然だが、それは少なくとも局所的な隠れた変数にはなれない
  • 局所実在の否定: 「或る値をもった電荷がそこに存在している」という局所的実在にはなれないことは、ベル不等式の破れの結果から明らかである

■ 8. 観測前の電荷の非存在

  • 不確定性: ある有限空間領域の中にどれだけ電荷が入っているのかは、観測前には決まっていない
  • 存在の不在: それは単に「知らない」のではなく、その測定前の電荷の値がそもそも存在していない
  • 量子力学の帰結: これが量子力学の帰結である

■ 9. 宇宙全体の全電荷量と超選択則

  • 全電荷量の保存: 宇宙全体での全電荷量の値は保存しているはずで、電荷密度を全空間で積分した値ははっきりとした値を常に持ち続ける
  • 実在としての側面: それは確かに隠れてもいない「実在」とも言える
  • 超選択則の導出: この電荷保存則から、量子状態の線形重ね合わせに関して超選択則(superselection rule)という性質が導かれる
  • ゲージ不変性: ゲージ理論では物理的な観測量は全てゲージ変換の下で不変なものに限られる

■ 10. 超選択則の意味

  • 干渉効果の不可測性: 全ゲージ電荷量の値が異なる量子状態の重ね合わせの干渉効果を測定できる実験は存在しない
  • 状態記述の制限: 宇宙全体の電荷量の合計が或る値(たとえば零)となる状態だけで量子場の状態は記述可能である
  • 物理的観測不能性: 全電荷数が異なる状態との重ね合わせを考えても良いが、その効果は単に物理的には観測不能である
  • 超選択則の定義: 測定において全電荷量が特定の値をとる状態の重ね合わせだけが「選択をされる」というこの事実を超選択則と呼ぶ

■ 11. 全電荷量と隠れた変数の違い

  • 実在的存在としての側面: 全電荷量を実在的存在と見なしても良い
  • 変数ではない: その値は変えられないので「変数」とは実質的に見なせない
  • 隠れた変数との違い: 超選択則を導くこの全電荷量は、いわゆる「隠れた変数」とは異なる
  • 実在の意味の限定: 宇宙全体に与えられる動かしようのない固定されたその1つの値を「実在」と呼んでも、特にそれ以上の意味は何もなく、「そこにある」というモノの実在性とは本質的に違うものである

■ 12. ガウスの法則と境界での測定

  • ガウスの法則: 電場の源となる電荷密度ρについてガウスの法則が成り立っている
  • 全空間積分: これを全空間で体積積分をすると、全電荷量が無限遠方の境界における面積分で計算できる
  • 境界情報の十分性: 空間内にどのように電荷が分布をしていたのかは重要でなく、境界付近での電場分布がどのようになっているかを知るだけで全空間の中の電荷量Qは知れてしまう
  • 重力場との類似: 全物質のエネルギー量が重力場の無限遠方での漸近的振る舞いだけで決められるのも、これと同じである

■ 13. ホログラフィ原理

  • 古典理論での基礎: 境界だけで全電荷量や全エネルギー量などが分かってしまうこの性質は、古典的な電磁気学や一般相対論でも既に成り立っていた
  • ホログラフィ原理の意味: 現代物理学では「ホログラフィ原理」と呼ばれ、全空間の情報はその境界に集まっており、その情報を基にして低次元空間の中で意識をもった存在が広がる高次元空間を想起しているだけと言っても良い
  • It From Qbitとの整合性: この原理は境界に溜まる量子情報が時空全体やその中の世界を創発しているという『万物は量子情報である』つまり『It From Qbit』の考え方と非常にうまく整合している

■ 14. It From Qbitの現代的探求

  • 現代理論の基礎: 現在では『It From Qbit』という考え方に基づいた様々な理論が世界中で多くの物理学者により探求されている
  • 現代的教科書: 量子ビットから量子力学の理論を現代的に構築していく教科書が講談社サイエンティフィクから出版されており、It From Qbitの精神がその構成の背景にある

MEMO: