■ 1. ジェームズ・メイソンの人物像
- Siegeの著者であるジェームズ・メイソンは70代に突入しているが今も存命
- Siegeの拡散によってメイソンは世界で最も有名なネオナチの1人となった
- メイソン自身はこれと言って何もしていない
- 若い頃に黒人に対する暴行で逮捕されたことがある
- 14歳の少女の顔に催涙スプレーをかけた
- それ以外には暴力での逮捕歴はなくテロとは全く縁のない人間
■ 2. 1990年代の私生活と逮捕
- 1992年にブラックメタル音楽文化のプロデューサーであったマイケル・モイニハンがSiegeを1冊の本としてまとめた
- Siegeの初版が出版された1993年の春にメイソンは41歳となっていた
- 中年の孤独を感じた彼は運動内部の女性を紹介してくれないかと頼み当時15歳の少女が紹介された
- 少女の父親とも面識がありなんやかんやで交際が始まった
- 数ヶ月後には新しい彼女ができメイソンと少女と新しい彼女は3人で一緒に行動するようになった
- メイソンは新しい彼女のヌード写真を撮影所持してしまったがこの新しい彼女も未成年だった
- メイソンは未成年に対する性的搾取を理由で逮捕された
- 1ヶ月ほど拘置所で過ごしたメイソンが釈放されると少女は新しいラティーノの恋人を作っていた
- これが原因で少女とメイソンの関係性は悪化しメイソンはそのラティーノの青年と少女を銃で脅してしまった
- メイソンは凶器による脅迫で逮捕された
■ 3. 服役と執筆活動
- 1995年5月初旬に仮釈放前の裁判で有罪答弁を経てコロラド州の刑務所に正式に収監された
- 釈放と投獄を繰り返すことになり最終的に1999年の8月25日に刑期満了で正式に釈放された
- 一連の出来事はメイソンの評判に傷をつけた
- 保守的なネオナチからすればメイソンの振る舞いはあまりに退廃的だった
- 政治運動家としての名は大きな傷を追ったが執筆家としては全く話が別であり彼は獄中でも精力的に執筆活動を続けた
- この頃メイソンは神秘主義にも本格的に傾倒し始めていた
- 獄中ではアーリア人種以外とも交流し特に黒人のムスリムからユダヤ人問題について重大な啓発を受けこれに深く感謝した
■ 4. 出獄後の活動
- シャバに出たメイソンは獄中生活で書き溜めた文章を本としてまとめる作業に没頭
- 2000年だけでも5冊の本を出版し2002年にはウェブサイトに掲載した文章を書籍化2003年には一連の著作をまとめた本も出版
- 学術誌にも運動の当事者として文章を寄せている
- 2003年にはグレッグ・ジョンソンとライアン・シュースターの協力を得てBlack Sunという出版社からSiegeの第2版も出した
- 第2版は限定500部の出版だった
- 2002年に恩人であるウィリアム・ピアースが死去しメイソンは団体の追悼式で弔辞を読んだ
■ 5. 世間から姿を消した時期
- メイソンは2000年代半ばまで活動を続けていたが2000年代後半になると世間から姿を消した
- 実際は複数の書籍を執筆しナチ関連のCD制作などに手をつけていたが関係者以外には何をしているのか全く分からない状態になっていた
- ネオナチの活動家としては完全に世間から消え去った
- メイソンは競馬場で警備責任者として働き2000年代後半から2010年代半ばまで公的な活動は行わなかった
- この時期米国では史上初のアフリカ系アメリカ人の大統領が誕生し古い白人至上主義運動は明らかに退潮していた
■ 6. 核兵器師団による再登場
- 2010年代後半になるとオンラインの右翼カルチャーが急速に発達
- 2017年には極右フォーラムのアイアンマーチからSiegeの第3版が出版され同フォーラムからSiegeを典拠とする核兵器師団が登場
- この核兵器師団が接触し彼を極右カルチャーの表舞台へと引き戻した
- 2019年にメディアがデンバーにあるメイソンの住所を公表
- メイソンは政府の公的補助を受ける低所得者向けのアパートに住んでいた
- 取材したメディアによるとメイソンは高齢ホームレス向けのデイシェルターで無料の食事も受け取っていた
■ 7. 近所の住民の証言
- この低所得者向けのアパートには多くの若い極右が巡礼に訪れメイソンはそれを心よく迎えていた
- 近所に住む夫婦の証言:
- 最初は若い男性が出入りしているのを見て正直なところ変態なのではないかと思いました
- 実際はとても紳士的な人で庭仕事を手伝ったり感謝祭の集まりなどの行事にも熱心に参加していました
- 政府が嫌いだと言っている人が政府の住宅に住んでいるんですそこがどうしても理解できません
■ 8. Total AttackとTotal Dropoutの概念
- メイソンはSiegeの中で体制に対する態度としてTotal Attack全面攻撃かTotal Dropout完全離脱かというスローガンを掲げている
- メイソンが推奨するのはTotal Dropoutであり攻撃ではなく離脱の方
- メイソンはどんな路線であれ革命というものに対してかなり悲観的な見方をしている
- 合法的な活動に関しては特にそうでどんな手段を取ろうが現代社会にはナチズムを受け入れる余地はない
■ 9. ドロップアウトの戦略
- メイソンは革命家として社会の崩壊の過程を生き延びることを最も重要視している
- 革命的起立とは体制との戦いにおいて生存者となることを意味している
- 来るべき日に生きていなければ何の意味もない
- 体制から離脱しこの社会というシステムの何にも貢献することなく静かに生きることが体制への攻撃になる
- そうして来るべき日に備えて生き続けることをメイソンは推奨している
- マンソン・ファミリーのような社会の終末を生きるカルト集団を理想的なものとして賞賛している
■ 10. メイソン自身の実践
- 中年期以降のメイソンが取った選択はこのドロップアウトに近いものだった
- 90年代の逮捕後メイソンは細々と働きながら社会からも運動からも半ばドロップアウトし何をしているのかよく分からない状態になっていた
- 核兵器師団と接触し若い世代のメンターとして再登場した時彼は公営住宅で暮らしていた
- メイソンはそうした生き方をゲリラ戦だと言っている
- 利用できるものは何でも利用するのだと
- 社会の端っこで静かに生き続けることが起立の実践
■ 11. Siegeの二重構造
- Siegeの内容が二重構造になっている
- 1つは生存戦略を進める革命戦士としての戦略がある
- もう1つはテロや暴力の賛美や神話化煽る言葉が並ぶ過激さ
- この2つを併せ持ち読者の攻撃衝動や焦燥感を煽る言葉がある
- 戦略としては目立たず準備し生き残れということになる
- レトリックとしては古い運動はダメだ世界は腐っている崩壊あるのみ加速せよというように終末感と暴力的色彩を強める
■ 12. メイソンの真意
- メイソン本人は暴力をやれと一足飛びに命じるというよりまず体制から離れろと主張
- 精神的に生活的に経済的に体制への依存を切っていくべき
- メイソンの中ではドロップアウトが逃げではなく長期戦にあるべき攻撃の方法として位置されている
- 暴力は衝動的にやる話ではなく離脱し長期的に生存可能な状態を作った後の局面として語られている
- システムからの離脱が基本的な土台でそこから先に攻撃の局面が接続される構造になっている
■ 13. 近年のインタビュー
- Siegeに影響された者たちが暴力を用いることについて近年のインタビューでメイソン自身が述べた内容:
- もし彼らが本当に私の言葉に従って行動しているのなら今やっているようなことはしていないはずだよ
- もしどうしてもやらなければならないのだとしたら少なくとも正しくやるのが常識というものだ
- それは人生の終わりなんだ
- SWATに殺されるかもしれないし残りの人生を刑務所で過ごすことになるかもしれない
- だからこそ意味のあるものにしなきゃいけない
■ 14. メイソンの影響力
- メイソンの再登場は暴力を正当化するSiegeの機能を強化する方向に働いた
- 本人も核兵器師団との関わりの中において少なくともはっきりと分かる形では抑制しようとはせず助言者として接点を持ち続けた
- メイソンが若い世代にメンターとして崇敬されるのはSiegeの著者であると同時に古いナチの運動を知っている世代だからというのもある
- アメリカナチの運動について内部からの視点で語れるレジェンドはそう多くない
- 長期的な生存重視の重要性をそこでも体現している
■ 15. メイソンの生き方の解釈
- メイソンの正しい理解は暴力やテロの実践ではなく社会からドロップアウトし対立と混乱を煽りつつ終末で崩壊の時を待つという生き方かもしれない
- このペシミスティックでリスク管理に徹した虚無主義的なところも次世代に叶っているというか現代的に思える