■ 1. 事件の概要と執筆背景
- 2025年1月4日午前3時30分に執筆開始
- 年始早々ベネズエラにアメリカが武力介入し大変なことになっている
- アメリカがベネズエラに法執行を口実に強行突破する可能性は示唆されていた
■ 2. トランプ大統領の会見
- トランプ大統領は会見で体調が悪そうだった
- 喋っている内容はパナマ事案と同じケルフリスビー法理
- ルビオ国務長官が上院議員時代に喋っていて危険人物なんじゃねえのと思われていたものとほぼ同じ理屈で介入
■ 3. 作戦の特異性
- 本来ならば現地アメリカ情報部門が政治介入して不安定工作したり政権転覆させたりして国際法を守って他国をコントロールすべき
- 野党と一部軍部によるクーデターではなくアメリカ軍が直接ベネズエラ軍に空爆して特殊作戦を実施
- 大統領のマドゥロ夫妻だけをアメリカへ連行し裁判を受けさせるやり口のため非常に禍根を残す展開
■ 4. 日本の対応の難しさ
- 日本がアメリカの方針に迎合するのか不支持に回るのか事実関係を確認してから見解を出すいったん保留で行くのかよく分からん状況
- 筋論で言うならば日本も同盟国ではありながらアメリカのあり方についてそれは駄目なんじゃないですかねという対応をするほかない
- 年始早々面倒くさい難題を日米関係に持ち込まれた
■ 5. ルビオ国務長官の2025年7月の発言
- マルコ・ルビオがX上でベネズエラの現マドゥロ政権を強く非難する投稿を行った
- ニコラス・マドゥロはベネズエラ大統領ではなく正統な政府でもないという断定
- マドゥロをカルテル・デ・ロス・ソレス(太陽のカルテル)のトップであり国家を乗っ取った麻薬テロ組織の首領であると位置づけ
- アメリカ国内に麻薬を流入させた罪ですでに刑事訴追の対象になっている人物だと述べた
- この発言は国家対国家の視点からの外交的批判ではなく犯罪者認定に近い言説として構成されている
■ 6. マドゥロ政権の位置づけに関する4つの論点
- 第1の論点:
- マドゥロは民主的に選ばれた正統な大統領ではない
- 選挙の公正性や正当性が否定されておりアメリカ政府は国家元首として認めない立場
- 第2の論点:
- マドゥロ政権そのものが正当政府ではないとされている
- これは国家承認の問題であり通常の外交関係の前提を否定する極めて強い立場
- ベネズエラで粘度の高い原油を産出しアメリカ産の軽い燃料を持って行って現地製油所でブレンドしている国営石油会社PDVSAとアメリカ資本もある
- アメリカがなぜか海上封鎖してしまったのでベネズエラ産ブレンド原油は輸出できず溢れそうになっている
- 第3の論点:
- ベネズエラ国家は実質的に麻薬カルテルに掌握されているという認識
- カルテル・デ・ロス・ソレスは軍高官や政権中枢が関与するとされる麻薬密輸ネットワークでありマドゥロはその中心人物
- これが本当なのかどうかは現段階では諸説ありよく分からない
- 第4の論点:
- マドゥロはすでにアメリカの司法当局から起訴されている
- 政治指導者ではなく国際的な麻薬犯罪の被疑者として扱われているという整理
■ 7. 法的シグナルとしての発言
- この発言の核心は国家元首としての地位や免責を意図的に剥ぎ取る構造になっている点
- 国家元首である限り本来は主権免責や元首免責といった国際法上の保護が及ぶ
- アメリカがこのような行為を行うためには上院の承認が必要
- しかしそもそも大統領ではない政府も正統ではないと宣言してしまえばその前提自体が消える
- 本件は宣戦布告もされておらずアメリカ合衆国憲法第1条8節11項にて規定される宣戦布告権の布告には連邦議会の承認が必要で大統領が単独で発することはできない
- 国内犯を捕らえるんだよベイベーとなればケルフリスビー法理のためそんなもんは要らん
- マドゥロは外国の指導者ではなく国際犯罪組織のトップという枠組みに落とし込まれる
- 外交問題ではなく刑事司法と治安の問題だよという話になる
■ 8. ケル=フリスビー・ドクトリン
- アメリカ刑事司法の考え方で蛮族のような仕組み
- 被告人がどのような経緯でアメリカの法廷に連れてこられたかは裁判の有効性に影響しないという原則
- 拉致であろうと強制移送であろうと裁判管轄は失われないという非常に強硬な考え方
- この原則は19世紀末と20世紀半ばの連邦最高裁判決を通じて確立
- 人権侵害の問題と裁判を行う権限の問題は別物だという整理
■ 9. パナマ侵攻とノリエガ将軍の事例
- このドクトリンが実際に適用された象徴的な例が1989年から90年にかけてのパナマ侵攻と指導者ノリエガ将軍の一件
- ノリエガ将軍は事実上アメリカ軍によって拘束されアメリカ国内で裁判にかけられ有罪判決を受けた
- 中南米はアメリカの裏庭だぞ的モンロー主義2.0みたいなもので日本にとっても非常に危険な考え方
■ 10. ビンラディン一家の事例
- 911テロの首謀者とされたウサマ・ビンラディンがアメリカ特殊部隊により2011年5月2日に射殺
- その息子サルド・ビンラディンが2009年8月ごろハムザ・ビンラディンが2019年3月ごろ射殺
- いずれもアメリカ司法による有罪判決を受けて大統領令で作戦が決行
- 主権国であるパキスタンの表立った承認は特に無いなかで執行
- 実質的な国家元首であろうが他の主権国に潜伏していようがアメリカ司法から犯罪者だと認定されれば何の例外もないというアメリカ流の現実主義
- ルビオの発言はまさにこの延長線上にある
■ 11. 踏み込んだ表現を使う理由
- フェンタニル禍を含め蔓延しているアメリカ国内の違法薬物事情が抜き差しならない
- 南米諸国への中国の浸透への対抗を考えるとトランプ政権のロジック的にはこれは内政問題であるみたいな布石をルビオは大真面目に考えていた
- 相手が正統な国家元首ではないという認識が前提にあれば法的・政治的な障害は大きく下がる
- この発言は感情的な非難ではなく将来のあらゆる行動を正当化するための法的ナラティブの構築
■ 12. 国際社会への影響
- アメリカがどう考えようとトランプ政権が何を言おうと基本的には国際法違反じゃないのという話になる
- これが成立するのであればロシアは国内問題の解決としてウクライナに侵攻したことを止める理由が無くなってしまう
- 欧州も中国も日本も周辺国も寝耳に水だったと思われるのでなんやそれと言わないわけにはいかない
- トランプ政権のベネズエラ攻撃は支持できないが不支持だというには影響が大きすぎるので事実関係を確認しトランプ政権の正式な説明があってから反応する以外ない
■ 13. 台湾有事への影響
- 台湾有事に関する話も本件は極めてマイナスに作用すると見られる
- 一つの中国原則でも政策でもアメリカの理屈は中国の立場を尊重する内容と照らせば中国の国内問題とする両岸問題そのものが台湾の武力統一の口実になり得る
- ベネズエラ攻撃はアメリカによるモンロー主義の代替として東アジアの地域覇権は中国にとトランプと習近平の間で握られると頭越しにされた日本にとってはハシゴが外れることになる
- 一方でいままで中国が台湾に侵攻してもアメリカは参戦に議会承認が必要なため米大統領は台湾を守らないのではないかという議論はあったが今回のように議会など段取りは気にせず大統領の考えでベネズエラ攻撃しちゃうわけですからその懸念のハードルはだいぶ下がった
■ 14. ウクライナへの影響
- 最悪の展開になるのはウクライナ
- ベネズエラ攻撃という事態に衝撃を受けて欧州もウクライナも情報方面では緊張が走っている
- いままでさんざんロシアの侵攻は武力による現状変更で会って容認できないと言っておきながらその西側諸国民主主義陣営の盟主が蛮族のようなダイレクト攻撃を果たしてしまったので大義名分が無くなってしまう
- 米欧軍事同盟の終わりを示唆する識者も続出するだろうし世界は大国が小国を踏みつけることがごく当然に起きる新しい世界新秩序を生み出すことになる
- 世界貿易は頭打ちになり平和による持続的かつ世界的な経済成長は緩やかに終わりを告げ大国によるブロック経済化が進んでいく
■ 15. 結論
- ルビオの発言はアメリカ外交の中でもかなり抜き身に近いリアリズムを示している
- 民主主義や人権といった理念を語りつつも最終的には刑事司法と実力行使を視野に入れた論理が冷静に組み立てられている
- マドゥロ政権をどう評価するかは立場によって異なるが少なくともこの発言は単なる政治的スローガンではなく国際法とアメリカ国内法をまたいだ強いシグナル
- 仮にいまの世界平和が壊れる方向にまたひとつ踏み出してしまうことを示唆する
■ 16. 追記:中国は知っていたのか
- 中国にとってアメリカによるベネズエラ攻撃が完全な不意打ちだったと考えるのはさすがに無理がある
- アメリカとベネズエラの間の緊張は今回に限って突然高まったものではない
- 海上封鎖や軍事演習やベネズエラ政府による国防関連の国内布告など事前兆候はかなり明確に積み上がっていた
- 海上封鎖に関しては貿易相手国である中国にとっても不利益で割とストレートに中国はアメリカに抗議声明
- 攻撃当日には中国がベネズエラに使節団を派遣していたことも確認されている
- 外交慣行上これは偶然居合わせたと見るよりも状況を把握したうえで現地にいたと考える方が自然
■ 17. 中国とベネズエラの関係
- 中国とベネズエラの関係は単なる政治的友好国というレベルをはるかに超えている
- 中国は長年にわたりベネズエラに対して巨額の資金供与を行ってきた
- 各種推計ではその累計額は数百億ドル規模に達し中国が一国に対して行った融資としては突出した水準
- 中国側がベネズエラの製油施設やインフラ建設を担うベンダーファイナンス分を肩代わりしている分もある
- アメリカ保守系シンクタンクCSISは中国からの支援によりベネズエラは腐敗が可能になったとまで書いている
■ 18. ベネズエラの原油と中国の関係
- ベネズエラは世界有数の原油埋蔵量を有するがその多くは超重質油と呼ばれる非常に粘度の高い原油
- 通常の製油所では精製が難しく軽質原油とのブレンドや特殊な設備が必要
- アメリカ資本が関与していた製油インフラが機能しなくなったことでベネズエラ産原油は事実上中国向け輸出に強く依存する構造
- ベネズエラ石油公社の製油所でコンソーシアム受注したのは当初は千代田化工建設や日揮や東洋エンジニアリング
- 中国資本が中国政府のベネズエラに対する大盤振る舞いのベンダーファイナンスの結果途中でいろいろあった
■ 19. 中国のエネルギー安全保障とベネズエラ
- 中国は国内エネルギー調達におけるベネズエラ依存は4%しかない
- 2025年時点でなお国内電力ソースの6割が露天掘り石炭火力である以上割高でもベネズエラから近代的なエネルギー輸入を行うことは大事
- 貸し付けた資金の回収を原油で行う資源担保型融資という側面もありベネズエラ政権の急変は中国にとって決して望ましい事態ではない
- アメリカがベネズエラの海上封鎖をしたわけですから現地の利害関係で言えば一蓮托生
■ 20. 一帯一路政策とベネズエラ
- 中国が肝入りで進めてきた一帯一路政策においてベネズエラは通信やエネルギーやインフラ各種ベンダーファイナンスの結節点
- 2023年には中国においてベネズエラは全天候型戦略的パートナーシップに格上げ
- ベネズエラはかなりガチ目の麻薬組織が入り込んだ悪党とみんな思っていたので中国はベネズエラにいるゴロツキに背広を着せるつもりなのかと騒動
- 貿易の観点だけ見れば立派でも中身が国ぐるみの反社会的勢力なのを中国が反民主主義の文脈から事実上容認し無法地帯を擁護している
■ 21. 中国の立場と戦略
- 中国にベネズエラに対して武器供与や直接の防衛支援を行うことは今般では不可能
- 戦略的パートナーとしてもできることには限界がある
- 中国はアメリカが何かをする可能性を理解したうえで止められないことも承知していたというのが最も現実的な見方
- アメリカが議会承認もなく大統領権限で強行突破してくることもある程度は予見したうえで外交や情報全体のバランスを見たうえでコントロール不能と判断し別の実を取りに行く判断になったのかもしれない
- 使節団派遣という形で最低限のプレゼンスを示しつつ台湾両岸問題や少数民族問題などの事案を国内問題としアメリカほか西側に介入させない口実とする整理
- 中国はアメリカにベネズエラで譲歩することで東アジア周辺の地域覇権を取引可能な状態に持っていくトリガーとする着地を目指す
■ 22. 日本への示唆
- 米中で勝手に話が進んで合意されてしまうとリッペンドロップ協定のようにアメリカの実質的に庇護なく中国の影響下に置かれてしまうアジア各国が日本に助けを求めてくる
- 日本人の多くは日本にそのような能力はないと思い込んでいるが日本はなんだかんだランキング入りしている軍事上位国
- アメリカからの絶対的な後ろ盾がなくても中国とある程度外交・情報面でそれなりにやっていけるよう準備を始めないといけない
- 世界が困っているのはベネズエラ問題そのものよりも大国同士が暗黙の了解のもとで小国を舞台に力を行使するこの構図そのもの