■ 1. 書籍の基本テーマ
- 『なぜ悪人が上に立つのか―人間社会の不都合な権力構造』の読書メモである
- 突如として他国に侵攻して石油の所有権を主張する凶悪な大統領から会社や学校など小集団の意地悪なリーダーまで「一体全体なぜこんな最悪な人間がこの地位まで上り詰めたんだ」と不思議に思うことは規模の大小を問わず多い
- 最も大きな要因は「権力に最も引き寄せられる人がそれに最もふさわしくない人であることが多い」という身も蓋もない事実である
- さらに「人を最悪に変えてしまう」権力の効能も加わり気づけば「悪人が上に立つ」世界の出来上がりとなる
- 希望のない話に思えるが諦めずに「もっと良い」リーダーを選びもっと良い市民社会を構築することは可能だと説く警鐘とやる気に満ちた一冊である
■ 2. 書籍の具体的内容
- 現実に殺戮に関わった独裁者とかスケールのデカい極悪人(ただ会ってみるとあくまで温厚で親切に見えたりする)やその関係者に著者がインタビューしにいく箇所もスリリングである
- そうした巨悪だけでなくごく普通の学校のメンテナンス職員が昇給と昇進を求めて権力の魔力に取り憑かれマフィアのボスのようなパワハラや脅迫に走るようになりついには爆弾まで送りつける事態になっていくというエピソードもある
■ 3. 警察官の採用方法による影響
- 国家権力の代表例といえば警察だが本書でタイムリーにして恐ろしい身近な事例が警察官の採用方法によって「どんな警察官が集まるか」が決まってしまうという話である
- アメリカ南部ジョージアのとある町は小さく平和なのだがなぜか警察署は死ぬほどマッチョで恐ろしげで戦闘的な勧誘動画を公式HPに載せていたりする
- こうしたメッセージの出し方によってはやたら攻撃的だったり警察活動を戦争のように捉える人(実際アメリカの警察官志望者は元軍人が多い)が過剰に集まってしまいそれが警察暴力のような深刻な問題の温床にもなる
- BLM運動の成果もあってか一定の警察改革が行われたが「すでにいる」警察官の行動を変えることばかりに注目し「これから雇う」警察官に着目してこなかったと本書は問題提起する
■ 4. ニュージーランド警察の対照的な事例
- 警察官の勧誘動画の話でジョージアの町(ハードロックをBGMにパニッシャーみたいな武装マッチョCM)と対照的な例としてニュージーランド警察のCMがあげられる
- そこでは「ニュージーランド警察は大きな違いをもたらせる新人を募集します」という呼び掛けとともにマオリ族の警察官が色々な人を助けたり容疑者を追跡していたと思ったら犬だったりというほっこりエピソードを挟んだりしつつ「あなたも他者を気遣って警察官になりませんか」と締める
- パニッシャーではなくヘルパーを募集したのである
- その結果募集者の属性は多様になりかつ数も増加した(権力を腐敗させないためには数も重要)という日本含め他の国も学ぶべきことが多そうな事例となった
■ 5. ICE職員の暴走との関連
- この話がタイムリーなのはちょうどアメリカで今日ICE(移民税関捜査局)職員が発砲して女性が死亡して大騒ぎになっているからである
- はっきり言って現状のICEは本書の言葉を借りればそれこそパニッシャー気取りの暴力的で差別的な傾向のある人間を全国から積極的にかき集めたようなものなので必然こうなるよなというほかない
- そもそもトップであるトランプがアメリカ史上最悪の腐敗した権力と言わざるを得ないので腐敗のトリクルダウンみたいな感じでどこかで必ず人々の日常ラインにたどり着く
- 日本も排外主義が凄いことになっているのでよそのことは言えないが恐ろしいことである
■ 6. 権力に酔う現象
- 本文にこういう箇所がある
- 「権力についてのケルトナーの研究は明確な作用を浮き彫りにする権力のある人は自分を抑制する力を失う傾向にあるというのがそれだ権力に酔うというのはまさに打ってつけの描写だ権力があるという感覚を強められた人は他者にどう思われるかはあまり気にしなくなる他者の心をうまく読めなくなる他者に共感する必要をそれほど感じなくなるからだ彼らは規則は自分には当てはまらないと感じはじめる」
- ICE職員の暴走もまさにこれでただでさえ暴力的な傾向があったり権力という(アルコールにも似た)ものに酔いやすい人間がさらにトランプのような国のトップが暴力を煽っているわけだから権力に酔うどころか泥酔して今回みたいな事件を起こしたことも何も不思議ではない
■ 7. 独裁者の成果の誇張
- そうした独裁者にどのように対応していくかというのも本書の主要テーマである
- 野球の成績を評価する上でリーダーシップの重要性が単純に評価されすぎという身近な話にこう続ける
- 「この一見すると些細な点が重要なのは野球のダイヤモンドよりも重大な領域を支配する多くの不道徳で下劣な指導者が自分の成果を目覚ましいものに見せ掛けるのが本当に得意だからだ」
- 過程に着目せずつい結果だけを見てしまうという私たち一般人の性質を不道徳な権力者はよく知っていて本当は自分の政策や行動の成果ではないものも平気で自分の手柄として主張する
- その結果「ナチスも良いことをした」とかいつまでも言ってるうっかりやさんがいなくならないというわけである
■ 8. ムッソリーニの例
- 「巧みなPRキャンペーンを展開したおかげで受けるに値しない称賛を勝ち取った指導者」の例としてムッソリーニをあげる
- 今ではイタリアの独裁者として悪名高い彼でも「とはいえムッソリーニは列車を時刻表どおりに走らせた」という称賛だけはなぜか今も消えていない
- だがこれは嘘である
- ムッソリーニは前任者が改良した交通インフラを自分の手柄としてPRしただけで実際は虚栄心を満たす駅の装飾などに注力しており一般人の交通手段になど何の関心もなかった(結果列車の運行も特に改善されず)
- 人々が悪人のPRを真に受けてしまいがちなことや「いっけん悪いけど実はいいこともした」みたいなストーリーが好きすぎることは「なぜ悪人が上に立つのか」の理由のひとつでもある
■ 9. デジタル監視社会への対応
- 権力の座についた「悪人」は昨今デジタルテクノロジーを駆使して「パノプティコン型」の監視社会を作り上げようとする
- 大企業や権威主義国家は労働者の全てを監視する前代未聞の能力を得ている
- 中国の「社会信用システム」もその一環だろう
- 絶望的にも思えてくるが私たち一般人が第一にやるべきことはこの「監視社会」の構造を逆転させることである
- つまり権力が私たちを監視するのではなく私たちが権力を監視するべきだと結論づける
■ 10. ジャーナリズムの重要性
- その最大の役割を担うのがジャーナリズムのはずが世界各地で今それが(億万長者や権力の介入もあって)衰退してるのは懸念すべきだろう
- つい先日読んだ『過疎ビジネス』でも地方ジャーナリズムの運営が成り立っていないことが腐敗を加速させているという話も出ていた
- ジャーナリズムは科学や司法やその他諸々と同じくらい必要不可欠なシステムでPRばかり得意な悪人に世界をボロボロにさせないための最終防衛ラインなのである
■ 11. 結論
- まずこの世界が「悪人が上に立ちやすい」世界であることを認めそのうえで傾向と対策を見極め実行していくための一冊となっている
- おそろしいけどオススメです