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「承認欲求が知性に寄ってる人」がSNSで壊れる仕組み…みたいのの仮説。

「承認欲求が知性に寄ってる人」がSNSで壊れる仕組み…みたいのの仮説。

頭よくて教養がある人が、SNSでまともで強い発言すると、「でも金稼げないじゃん」とか「社会的に成功してないじゃん」とか殴り返される。そうすると、能力と社会実績のギャップで認知不協和が起きて

・A: 資本主義は汚いもの無価値、距離をとるほうが正しい

・B: 稼いでる/出世してるやつは邪悪 or ズルしてる

・C: 私は社会的成功をすてて崇高な何かをしてる

みたいな結論がでる。

そうなると李徴化していく。能力がある(と自認する)ほど、評価されない現実が耐えにくい。自分は社会や経済から距離を取ることが、己の能力や清廉さの証明となる。すると社会や経済から距離を取るゆえに経済的、社会的な成功から取りこぼされる。そうすると、A,B,Cの自己保全説明がさらに強化され…というループが発生する。

するとSNSのアルゴにより、李徴と李徴がマッチングされ、李徴クラブが生まれる。同好の士で称え合い、慰めあい、共同で社会を攻撃したりディスるネットワークが生まれる。自身の攻撃的な言動は、悪い体制や強者を倒すための例外的なものと正当化され先鋭化し凶暴化する。虎が群をなし、グルグルと回転しバターのかわりに、群体としての大怨霊が完成する。これが令和のSNSにおける山月記の構造かなぁと思う。

本当に一部の人だけが、その行動が社会に再評価されて復帰ピックアップガチャされるけど、大半の人はそのままSNSの怒りのアルゴの肥やしとして搾取・消費されてしまう。

こういう頭いいがゆえの悲劇みたいのを、システム的に抑止したり、再浮上するための仕組みをよりSNSに埋め込めないものかなぁとモヤモヤ考えてる。

@fladdict

MEMO: