「エロは規制すべきだろ?」—そう思う方に「風紀が乱れる」「子どもに悪影響」「青少年の健全育成」そうした“正しさ”を口実に始まった規制が、最終的には思想統制・言論統制にまで波及する「エロに始まって言論統制に終わる」という黒歴史が、近代の民主主義国家でも繰り返されてきた。エロ広告に関しても、見たくない人が見ない選択肢を民間の技術で整えることは妨げませんが、政治が規制に積極的な姿勢を示すべきでではありません、文化の萎縮だけでなく、民主主義の土台である“表現の自由”が危機に晒され、自由な社会をなし崩しに崩す“最初の一歩”になる、そんな歴史的教訓があるからです。
※歴史的実例
■ 日本:戦前の発禁・検閲制度(大正〜昭和初期)
概要:1920〜30年代、日本ではエロ・グロ・ナンセンス(エログロナンセ)と呼ばれる文化が流行。
「風紀を乱す」として、これを発禁・取り締まりの対象に。やがて戦時体制下で、治安維持法により「思想犯」とされる者への弾圧が進み、報道・映画・演劇なども「国家が許可した内容のみ」となっていった。
■ アメリカ:コミック規制1954年、米国では「コミックス・コード・オーソリティ」が設立され、
暴力・性描写を含むコミックが厳しく自主規制されるようになった。同時期、共産主義的思想や反米的表現への取り締まりが広がり、映画・文学・学問の分野にもブラックリストと検閲の嵐が吹き荒れた。
「子どもの健全育成」を口実に始まった規制が、
自由な表現や思想そのものを圧迫する体制へとつながった。アメリカの漫画産業は壊滅的打撃を受け、大人向け作品の発展も大きく遅れた。
■ ナチス・ドイツ(1933年〜)
概要:ヒトラー政権下ではまず「退廃芸術(Degenerate Art)」や「性的に逸脱した表現」が排除対象とされた。その後ユダヤ人作家、左翼思想、自由主義的な作品や報道機関が次々と焚書・弾圧の対象に。
芸術、報道、教育、宗教に至るまで、国家による情報統制が徹底された。
枚挙にいとまがありませんが、ひとたび検閲が始まれば、ろくなことにはなりません。
快楽エンターテイメントを抑圧すれば、それは地下経済に沈み、より歪んだ形で社会に悪影響を及ぼします。
「善意による規制」や「正義の暴走」は、過剰なポリコレと息苦しさを生み出し、じわじわと、この国の自由と活力を奪っていきます。
一緒に、表現の自由を守り抜きましょう。
やったるい!
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